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踏みにじられる 1

 アルヴァの意識が浮上した。  頭がひどく痛む。神経に作用する薬が使われたのであろう。  そのせいで、時間の感覚がない。あれからどれほど経ったのだろう。  まだはっきりしない頭を働かせて、周囲を見る。  天井から下がる蝋燭の心許ない光に照らされる部屋は薄暗く、壁や床にはタイルが敷き詰められている。  拘束された両腕は手錠をはめられ、足首にも同じものが着けられていた。頭の上から吊るされた鎖で繋がれ、両足首の間をつなぐ鎖によりほとんど自由が利かない。上半身には、おざなりに着せられた麻のシャツ。下半身には、下着さえなく剥き出しだ。  捕虜よりも酷い仕打ちだった。罪人か、これから拷問にでもかけられるかのようである。  唯一の救いは、左肩の傷が手当されていることくらいだろう。恐らく膏薬を塗り込まれ包帯が巻かれている。適切に処置され、熱もなく痛みも少ない。  ──何故こんな目に遭っている?  自問し、脳裏に浮かんできたのは、一人の男の顔。バルドと名乗っていた、貴族風の得体の知れない人物。アルヴァを口説くような言動を何度もしていた気味の悪い男だった。  あの男の目的は一体何なのだ。  アルヴァの苛立ちを煽っては、厭味な笑みを浮かべるような男の考えなど予測のしようがない。  いたずらに体力を消耗したくない思いから、瞑目して浅い眠りを待った。  己のことよりも王子の身が気懸かりである。バルドはセフェリノを保護すると言っていたが、どこまでが本心か定かではない。  ディミトリの派閥の者であるなら、王太子を亡き者にしようと企んでいても矛盾はしなかった。自身がこんな醜態をさらしている以上、バルドの言を信じるしかないのである。  今のアルヴァには、セフェリノの無事を祈ることしかできなかった。  かの方に、万が一の不幸があれば、主君に殉じる腹積もりはある。  硬い靴底が床石を打つ音を高く響かせて、近づいてくる。  目を閉じたまま、身じろぎせず足音を聞いていた。 「気分はどうだね」  息がかかる程の傍まで顔を近づけた男が、そう訊ねてくるまで、屍のように指一本動かさなかった。  沈黙を守り、たっぷりと間を取ってから、アルヴァは口元だけで薄く笑んだ。 「すこぶる悪い」  わずかに開けた目で男を見やる。  後ろ暗い内心を隠し持っていれば直目に耐えられないであろう、ありとあらゆる全てを白日に曝させるようなアルヴァの冷ややかな睨視にも、バルドは優雅な微笑を返す。  男は、こめかみに差し込んだ指で、肩に流れ落ちる癖のない艶やかな黒髪を梳いた。水に似た手触りで、毛先まで指を通しても、ほつれなど見つけられようはずがなかった。

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