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踏みにじられる 2

 拘束に抗う術もなく天井から吊るされた、美しい騎士をバルドはくまなく眺めた。  釦を留めず開かれたシャツからのぞく裸身は、鍛錬と実戦によって磨き上げられ、完璧な線を描く逞しい肉体であった。  今まで不可侵であっただろう象牙の肌は、覆うものを失い惜しげもなく露わにされていた。  黒髪が映える白皙、その顔貌の冷然とした印象を強めるのは、鼻梁は高いが、目と眉の起伏の浅い東方人の特徴が混じった面立ち。切れ長の眦と、髪色と同じ黒い瞳を縁取る長い睫毛が、憂いを含んだ影を落とす。  そのために長身と体躯は頑健でありながら無骨さよりも、風采は典雅であった。  バルドは王都にいた折、この美貌の騎士のことを調べ上げた。  アルヴァドール・シャソンは、孤児である。ゆえに来歴を辿るにも、海を越え食い扶持を求めて流れてきた傭兵の子であるとか、戦火を逃れて大陸に着いた難民の血筋であるなどといった、出所のはっきりしない情報ばかりである。  それでも、由緒正しい貴族の子息を退け今の地位にまで登り詰めた理由は、幼い頃より群を抜いて秀でた実力のみだった。天性よりの柔軟さと膂力を兼ね備え、騎馬民族の流れであろう、猛禽類並みの視力をも持ち合わせる。剣、槍、弓、体術、暗器、特に西方諸国ではほとんど馴染みのない、騎射の技術を会得しているのは彼だけであった。  騎士団の中でも未だ誰も敵わないとさえいわれる比類ない強さ、沈重な判断力、何ものをも恐れず常に主君のために命を(なげう)つ覚悟でいる豪胆さ。  彼を妬む者が蹴落とそうとしても、足を引っ張る要因がひとつもないのだ。 「私に何か問いたいことはあるかね?」  俯いているアルヴァに声をかけた。 「セフェリノ殿下はどうなった」  長い髪を弄びながら、そう返された静かな言葉を聞いている。  バルドはくつりと喉の奥で笑った。 「知りたいか?」 「……勿体振るな」  明らかな苛立ちを隠す気がない尖った語尾に、肩をすくめた。 「王太子殿下はたしかに救い出したとも。君の願いどおりにね」  頬をなぞり、鎖骨を撫ぜた。それから、開いたシャツの間の裸の胸に指をやる。 「望みを叶えたのだから、君も何か私にほどこすべきではないかね」  アルヴァは上目で睨み据えて、冷笑を浴びせた。  鎖が擦れ、無機質な部屋に金属音がことさら響いた。 「つまり、貴様の伽をしろと? 私に?」 「やはり賢いな。君は」  体毛のほとんどない清らかな肌を包みこみながら愛撫する。脇腹から腹筋、腸骨までに、手のひらをねばり付けるようになぞらせていった。  擽ったさと不快さに身じろぐ。歯噛みして顔を逸らした。  人目にさらされた慎ましい下腹の茂みに、年齢にしては薄色の性器。包皮に隠されたそれを微笑ましく見つめた。 「女性経験は?」 「……答える必要がない」  絹のグローブをはめたままの手で掬いあげて根元までしごいた。  前髪が下を向けた額に落ち、顔を覆う。首までが恥じらいに染まっていた。 「引く手数多であろうその美しさで、純潔か」 「……答えないと言ったはずだ」 「君はどこまでも、得難いほどに理想的すぎる」  何度か繰り返していくうちに生理現象として芯を持ってくる。徐々に剥き上げて露出した先端を指でくぐり更に扱いた。  アルヴァは息を殺しながら、俯いて唇を噛む。  拘束された四肢では抵抗できずに、虚しくざらりと鎖が鳴った。唯一床に触れている足を踏みしめて屈辱に耐えている。

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