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踏みにじられる 3

「……殿下を救ったという言葉を信じる術がない」  バルドの手によって、すっかりと充血し硬く屹立したそれを、今度は根元からゆっくりと先端まで時間をかけて緩くこする。 「君が望むなら連れて来よう」  王太子の安否が知れることと、この辱めが彼の目に触れるのを天秤にかけ、アルヴァは前者を選んだ。もし本当に保護していれば、この姿を目に入れたセフェリノが心を痛めるかもしれないと考えれば、不憫に思われたがそれでも構わなかった。  他者に与えられる屈辱程度では、気位に傷をつけるには(あた)わないと示す意味もあった。  バルドが手を叩くと下男が扉を開けた。  大柄なその男に横抱きにされているのは、柔らかな金髪をほつれさせている、少年の面影を残す円やかな頬、すらりと伸びやかな華奢な四肢。品の良いブラウスに身を包んだ高貴な姿は、王都の城下で別れた時と変わっていない。両眼は閉じられ顔色は蒼白だが、その胸元は浅く上下していた。  間違えようはずもない、王太子その人だった。  アルヴァは目を(みひら)く。 「殿下……」  驚きから洩れ出た呟きは、わずかに喉に詰まり語尾が掠れる。その声には嘆きも含まれていた。  まだ腹のうちが知れぬ男の手に、主君の身が落ちてしまっているのだ、と。 「君の答えを聞いていないな。私に見返りを与えるかどうか」  バルドの言葉に、アルヴァは両手を引いて鎖を鳴らした。  これは卑怯な取引きだ。セフェリノを人質をとられているのと同義なのである。刃の一つさえあれば、かの高貴な御身を傷つける行為も容易に許してしまう。 「その前に、王太子殿下を傷つけないと誓え」  噛みしめた歯の間から、地を這う程に低めた声を吐き出し威嚇した。 「注文の多いことだ」  わざとらしく片眉を上げてみせ、バルドは呆れたと言いたげな表情をつくった。ゆったりと指を顎に当てて、内心の読めない笑みを向けていた。  何か考えるような素振りを見せていた男が、視線を少しも逸らさずに手を動かした。  アルヴァが身構える隙も与えず、振り上げた片手で乱暴に髪を掴みあげる。痛みに顔を顰めた。 「私には王子なんぞどうだっていい……君を意のままにしたいだけなのだよ。そのためならば、あれを殺すくらい訳もない」  唇を耳に触れさせそう囁きかけた。髪を掴む指の容赦ない強さに反し、声音は飽くまでやわらかくもある。  男は、唇を目じりにすべらせ、眼前に据えたアルヴァの表情を覗き込む。 「貴様……」  殺意の滲んだ眼で、目の前の男を睨む。  (はらわた)が灼けつくような怒りで、言葉を選ぶのもままならない。辛うじて、喉からそう声を絞り出す。 「どうする?」  髪を掴んだ手が引きあげられ、顎が上がった。バルドの嗜虐的な表情を睥睨する。  是と答えた後に待つ恥辱にも、一切臆さないと言いたげに真っ直ぐ向けた視線、そこにやどるのは下劣な手段で服属を強いようとする男への侮蔑の色。 「殿下に手を出さないならば従う。……もし違えることがあれば、私は貴様を殺す。どこに隠れようとも、地の果てまで追いかけて復讐を遂げると、肝に銘じておけ」  誰からも羨まれる容姿と秀でた身体能力を持ちながら、誇り高い騎士がただその一身を預けるものは忠義だけであった。  君主とは、つくづく罪深い生き物だ。  半生をかけて高く築き上げ、彼の自我を確固たるものとした矜持を踏み躙られる真似も、主のためであれば耐え抜こうと覚悟する。  バルドは肩を揺らした。支配欲が満たされる歓喜に零れた笑みだった。

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