散々に捏ね回された乳首が赤く腫れた頃にやっと、胸から手を退かした。 　胸元から首筋に指を滑らせて、耳朶、耳殻をなぞる。アルヴァの膚の敏感さを評しているようでもあった。 　手のひらを後ろに回して、うなじに這わせ、湿った肌に解(ほつ)れて張り付いた髪を掻き分けた。長い毛先まで時間をかけて梳かれると、下腹に淡い感覚がはしる。バルドがその変化を逃すはずもなく、再び髪に指を通し、アルヴァの顔を見ながら、うなじに指をなぞらせて髪を絡ませ撫で下ろす。 　それは、こそばゆさではない。背筋をかけ上がる、ぞわぞわとした感覚。それが、堪えようとしても、反射的に背を戦慄(わなな)かせる。 　太腿を思わず擦(す)りあわせた。 「…ッ、は、ぁ……」 　性感帯を引き当てられたらしかった。自己でも知らなかったその感覚に、追い詰められる。 　傍(はた)から見れば、思慕さえ感じる手付きで男は髪を梳いていく。執拗な胸への刺激で鋭敏になった体に、毒が回るようだった。 　じりじりと矜持を蝕む、忌まわしい悦びめいたもの。 「愛しいな……髪を撫でられるのが好きとはね」 　耳のそばを流れていく汗を嘗めとる。その声と吐息、舌のざらりとした感触、全ての刺激に感じ入った。 　他者の思い通りにされる悔しさ。眠りについているとはいえ、主君の前で拘束され辱めを受けることに抵抗できない虚しさ。 　それらがない混ぜになって、アルヴァの矜持を削り取り、責め立てた。 　くすぶる快楽を最早無視できないと思い知らされたのは、充血して露出した性器の先端が濡れていたからだった。 　水を弾く絹のグローブが首の後ろを持ち、髪の生え際との境をくすぐり、額に唇を滑らせた。 　耳朶を口に含み舌で味わうように撫ぜながら、鼻先を湿った髪にうずめる。匂いを嗅がれているのだとわかり、膚がさらに熱を帯びたのは、羞恥によってか快楽によってか、判断がつかなかった。 　小さな耳孔にやわらかく舌をねじ入れて、殊更敏感な耳殻に息を吹きかける。脳に響く濡れた音、鼓膜を直接撫でそやされたような錯覚。 　思考がほどけかける。形容しがたい快楽が、尾てい骨から脊柱に、音が脳をゆするたびにぞわりぞわりと駆け上ってきて、後頭部のバルドの指が触れている部分を到達点として、明瞭なものに変える。 　それはひどく心地良かった。恍惚とした声を洩らしかけてそれを抑え込んだ瞬間に、ごくりと鳴って喉仏が上下する。 　目を閉じて、鹿爪らしく眉根を寄せた。 　おのれが物欲しげな顔になっていまいかと、それだけを怖(おそ)れていた。 　忍耐力を、忠誠を誓った主だけにしか服(まつろ)わぬ騎士という名を負った者の誇り高さを、男は試し続けていた。 　この程度の辱めでは懇願しない。解放も未だ求めない。 　自己の意志が他人に依ることなど、あってはならないのだ。 　バルドは体を離して、甘い責め苦を与えても変わらず睨み返しているアルヴァに、微笑をうかべて見せた。 「趣向を変えようか」 　目を覚ます兆しが全くないセフェリノの傍にはべっている下男に目配せする。近づいてくると、頭上から吊るされた鎖を外した。両手足の間を繋ぐ鎖はそのままであるが、戒めが一つ解かれた。 　左腕を動かすと肩に鈍痛が走る。 　傷の状態で、時間を計算しようと思惟を巡らせる。動きに支障がない程度に、塞がりかけていると考えれば、王都の襲撃から一日以上は経っているのかもしれない。 　ローレンはどうなった？　国王と世継が消息を絶ち、乱れているであろう国家の内部は、これからどうなる？ 　抜け出せるならば、すぐにでも行動したかった。 　今の拘束であればアルヴァひとりなら逃げる算段も考えられるが、セフェリノが囚われているも同然の状況ではかなわない。守護するべき人の命を保証できない行動は取れなかった。 　バルドは下男に何かを指示している。 「……何のつもりだ」 　アルヴァは訝しむ目を向ける。 「すぐにわかる」 　今まで部屋にいた従僕が出ると、代わりの者が入ってくる。 　隙のない身のこなしからして、下男の形(な)りをした彼らは、恐らく衛兵でもあるのだろうと推測した。 「殿下はなぜ目を覚まさない？」 「睡眠薬だよ。多分あと二、三時間は起きないはずだ」 　舌打ちをしたい思いだった。 　依存性や後遺症があればと考えると、看過できない事実である。沸え立つような怒りを感じた。貴人の警護を生業にしながら、無事に守り通せない己も同罪だと嫌悪する。 　視界の端には常に主が映っていた。 　人為的な深い眠りに落ちている、いとけない表情がアルヴァの信条を固めさせる。 　どれだけ自尊心を蹂躙されようとも、耐え抜かねばならない、と。