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汚辱 1
再度扉が開き、入って来た下男がかかえていたのは、空の広い桶と甕のような大きな水差しだった。水差しの中からはかすかに湯気が立っている。湛えられた中身は、温かいようである。
下男はバルドに透明な容器を手渡した。細長い円柱型のそれは注射器にも似ていた。
「何をすると思う?」
男の言葉に、薄笑いを返した。
「問答に意味があるのか」
甕から湯を引いて、容器を満たした。大きさは五百ミリリットル程度であろうか。
「君の忠誠心を試そうと思っている」
バルドの甘く低い魅力的な声が、歌うようにその続きを舌先に乗せた。
「君の体の中のものを出す──つまりは、浣腸をするということだ」
アルヴァはさして驚いた顔を見せなかった。冷めきった無表情で、口を閉ざしたままでいた。
細長い容器を見せられたときに予想はついたが、言葉に出されれば、内心は血の気が引いている。冷えた指先を握り締め、合わなくなる歯の根を噛んで抑え込む。
それは処刑の宣告だ。
裸だけではなく、腹の中の汚物さえも曝け出させようとは、どれだけの恥辱を与える気なのか。想像の範疇を超えた悪趣味さを憎悪した。
「拒否権はない。念を押さなくとも、賢い君ならわかっているだろうがね」
口を開かなかったが、アルヴァは毅然とバルドを見つめ返し、臆してはいないという態度を見せた。
眼前の男の言に従うのも他ならぬ敬愛する主のためである、と黙ったまま、一言も発さずに示した。
近寄ってきた従僕の身なりの男が後ろに立った。長身のアルヴァよりも更に頭半分は上背のある、類稀な巨躯である。胴回りは大木の幹ほどはありそうな偉丈夫だった。
召使いには到底見えない屈強な出で立ち。
「座りたまえ」
抵抗はせず言われるままに床の上に膝を折る。後ろにいる従僕が、アルヴァの背から手を伸ばしてきて脚を掴んだ。
「……何をしている?」
「見え易いように、彼に手伝ってもらうのだよ」
足首に鎖を掛けられているために、その男の手によって、引っ張り上げられるように両脚を掲げる格好となった。
両の太腿を合わせたまま体を二つ折りにされる。関節が柔軟であり苦しくはないが、是か非も問う気のない無体であった。
頭の上で両手をあげて拘束されていた先刻も、無防備さに落ち着かなかったが今は、尚酷い体勢だ。
動揺を見せまいとしても、拭い去れない羞恥に視線を背ける他なかった。
従僕の片手が両脚を抱え、片手は尻を掴んで開く。その手は体躯に見合った大きさで厚く硬い。
絹のグローブと金釦の光るカフスに、注射器をたずさえた姿は、どこか優雅さをまとってもいた。
いまわしい性的倒錯者であるというのに、おかしな感想だとアルヴァは他人事のように思った。
バルドという男は、貴族じみた煌びやかな繻子の外套を着こなす、上品に齢を重ねた端正な容姿であった。ただ、目つきと表情だけが、王侯貴族のそれと決定的に違っている。
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