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摩耗する 1
バルドは愛しい騎士が現れるのを待っていた。
ベルベットのソファに体を横たえている王太子を傍らに、脚を組んで手持ち無沙汰に座っていた。
そこは虜囚を収容するような無機質な石張りの部屋ではなく、巨大なベッドがほとんどを占める寝室だった。
彼を迎えるならば、相応の歓待が必要であるのだ。
巨躯の従僕に伴われて現れたのは、白いドレスシャツにベスト、乗馬用に似せた伸びの良い細身のパンツという、黒で揃えた騎士の隊服よりも寛いだ姿。長い黒髪は束ねずに腰まで流している。
両手は不自由なままであるが、手錠は鎖ではなく革の簡易的なものに変わっている。足に枷はない。
バルドは立ち上がって、待ち人に歓迎の姿勢を見せた。
「似合っているよ。君のために用意しただけはある」
アルヴァは手を広げているバルドに、冷たい一瞥をくれただけであった。
「やはりな。悪趣味だと思っていた」
一見すると何の変哲もない服装だ。
悪趣味だと揶揄したのは、通常よりも長い腰を覆うベストの裾の下であった。キュロットに似せたパンツの後ろ側のみが、ビキニラインの形に添ってくり抜かれている。前方からだと普通に見え、直立では分かりにくいためにただの平服にも思える。
「思っていた以上に素晴らしいね」
後ろに回り、裾をめくり上げてバルドは満足げに微笑をうかべている。
「下衆め」
要するにアルヴァを辱めるための衣装なのであった。
当然のように下着は用意されておらず、少しでも姿勢を下げると双丘の合間に添う切れ込みが開いて、すぐに挿入できるという仕様だ。
いつ測ったのか、寸分違わずぴったりと体の線に沿うようにあつらえたタイトなライン。引き締まった形の良い尻を際立たせるパンツの黒い生地の中心で、卑猥に露出させられた肌の色は、アルヴァがまとう禁欲的な雰囲気と相まって見てはいけないものとして映る。
存分に撫で回してから、弾力のある尻肉に指を食い込ませると、視線が一層に冷える。
「可愛いよ……この欲しがっている穴で、極上の快楽を教えてあげたくて仕方がない」
怒りと嫌悪で人を殺せるなら、命がいくつあっても足りないだろう。
顔を合わせるなり殺気立った、美貌の騎士の凍りつくような睥睨を見つめ返しながら、バルドはそんなことを考えていた。
枷を外されると、より屈辱は増す。
自由を与えられれば、主君を人質に取られているために、抵抗をしないという惨めさを突きつけられるからであった。
眠る主君を視界の端にとらえたまま、命じられる通りに両手と両膝をシーツに這わせる。
口を引き結び、獣のような辱めの格好を甘んじた。
腰を持ち上げ突き出す姿勢は、腰からの曲線と丸みを帯びた臀部の形が強調され、視線と欲情を誘う。
アルヴァを思い悩ませていた煩悶には、ひとつの答えを出した。主君が無事であればそれで良いと、決心がついたのだ。
それは諦観ではなく使命である。
屈服を強いようとする男に、頭を垂れるつもりはなく、服従もしない。アルヴァ自身がバルドに乞うことはないが、下される辱めを受け入れる心持ちは出来た。
そう決断をすれば、すでに罅 が入っていた心に多少の整理がついた。
しかし、王太子殿下その人に事実を知られたくはなかった。他人の手に触れられ、浅ましく快感を得る姿に憐憫を向けられたら、かつてのような思いでは傍にいられないかもしれないと危ぶんでいる。
心優しいセフェリノのあわれみに、蔑みは混じらないだろう。
可哀想だと涙を流すはずだった。
慈悲の心を賜っても、それは同情にしかならず自尊心を深く抉る。
命を賭すると忠誠を誓ったこの身は、あわれみを欲さない。
騎士としての洗礼の日、国を支えるため肉体と精神を磨き、主君と仰ぐ人のためだけにそれを削るのだと、剣と戦神に祈りを捧げた。
これから国家と君主を守護すると戦神より拝命し、“騎士”の名を冠する自らの霊魂に誓い、刻む。
他者の憐憫で得られる安らぎは、その誓いに反するものであった。
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