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追想 1

 セフェリノは深い眠りと浅い眠りを行き来しながら、寝返りを打っていた。  聞き覚えのある声は遠く、はっきりとしない。その声は無意識下の深いところにまで染み込む響きだった。  現実には決して浮上しない底で、記憶の断片が取り留めなく流れていく。  浅い眠りの中で映像を結んだのは、数年前の思い出だった。  まだ嫡子として認められていなかった頃のことだ。  戦神に武運を祈る祝祭の日。  その祝典では父である国王が観覧する中で、国内でも選び抜かれた剣士が一対一で戦う御前試合がある。そこには特に若く将来有望であり、華のある騎士が選ばれることが多い。  昇進を待つ騎士達は、戦神の祝祭を心待ちにしている。  人々の前で強さを見せれば、率いる兵の士気も高まり、求心力が得られる。王侯貴族はその試合で成績を残した者を引き抜く機会としていた。  騎士にとってはまたとない好機であり、領主にとっては優れた兵の統率者を得られ、戦力増強の機となるのだ。  セフェリノは闘技場に送り出す前に、アルヴァを引き止めた。  その時の彼は、まだ親衛隊長ではなかった。  一軍の長とするには年齢が若過ぎるのもあるが、平民の出であり家柄の後ろ盾もなく、人の上に立つことはかなわないと思われていた。  まだ戦績はないが、アルヴァの武術の腕前は騎士団どころか王国で最高だと信じている。  それは、セフェリノの贔屓目もあるが、見習いの頃から複数人の暴漢を瞬く間に叩きのめしたり、上官を軽く翻弄する剣術で、羨望を受けながらも疎まれる存在であった。  抜きん出た実力は、軍部の最高クラスである将校にも顔が知れ渡っている程だ。  式典用のきらびやかな騎士服の端を掴みながら、何と声をかけたらいいか迷っていた。 「やりすぎは駄目だ。……実力は出しきって欲しいけれど」  彼を鼓舞するのに相応しい言葉が思い浮かばなかった。あまり身を案じるのも力量を軽視しているように聞こえてしまう。  教養の一つとして剣術は修めているが、セフェリノには戦士の心を真に理解していると言えなかった。 「私の進退がかかっておりますから、手加減は致しません」  敬愛する王子に笑みを返し、アルヴァはきっぱりとそう言った。  アルヴァは当時の若さで既に、時の元帥に武技の腕前と、物怖じしない剛毅さを気に入られていた。  御前試合で成績を残せば、王宮付きの親衛隊に推薦すると約束されていたのだ。  誰もが知る名門の貴族であればともかく、出自から考えれば異例であった。  一緒にいると年頃の娘たちから黄色い声を浴びる端正な容貌は、いつも余裕をまとっているが今は違う。  高揚を感じさせる確固とした自信に爛と光る眼には、好戦的な表情が見え隠れした。  セフェリノは服を掴む手に力を込めた。 「勝負を譲るようなことはしなくていい……でも心配なんだ。もし恨みでも買ったらおまえの将来に関わるだろう」  その声を聞きながら、くすりと口端を緩めた。 「殿下は優しすぎます」  不安げに揺れるセフェリノの鮮やかな青色の瞳に、自負心をはらんだ一瞥をくれる。  アルヴァは佩剣に手をかけながら半身を翻す。 「ただ私に主として、立ちはだかる者を全て打ち倒せ、とそれだけをご命令下さればよろしいのです」  中天に掛かった太陽は、風を切った上着の胸元を飾るカメオをちかりと瞬かせた。  セフェリノはその姿に一呼吸ほど見惚れていた。  ぱちくりとまばたきする。  その強気な言葉は傲然としてもいたが、彼においては過分に聞こえなかった。  精悍で涼やかで、額に入れておきたいような、魅力的な横顔を呆気にとられて眺めていた。  きっと、気の多い異性なら、その流し目だけで卒倒しているだろう格好よさだ。  アルヴァにとって、決闘に勝つことなど至極当然であるのだった。  単なる事実を今更ひけらかしもしない。  この護衛は、生まれついての戦士だ。  軍部の上級士官に見とめられるのも、幸運な偶然などではなく時期が巡ってきただけでしかないのだと知った。

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