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追想 4

 怒りと焦りが、手元を狂わせる。  攻撃に粗が出る程、実力の差が浮き彫りになっていく。  どこの馬の骨とも知れぬ賤しい生まれの騎士だ、と内心でいくら負け惜しみの軽蔑を吐いても、力量差を突きつけられている現実は変わらない。  どれだけ激しい攻勢を加えようと、目の前の男との間には見えない壁でもあるかのように近づけなかった。  ディシーにはそれが何故なのかも、はっきりと理解できていない。  無我夢中で前へと踏みこみ続ける。 「お疲れであれば、早々に終わらせましょう」  打ち合った剣身で、鍔迫りあう。  未熟な剣士は、それさえもアルヴァの思惑により、誘いこまれたとは気づいていない。  ディシーが押し込もうと力を籠めた瞬間に、一瞬のみ脱力し体を引いた。  その体勢はいとも簡単に崩れる。  真っ直ぐに伸びた剣先は、左肩に突き立てられていた。軟らかい刃が衣服を突き破ることはなく、布地を沈ませる程度だ。 「勝負あり」  審判の声に、ディシーは驚いた表情をうかべて、相手を見た。  アルヴァは戦神の像に向けて剣を掲げて、礼を示したのちに、優雅な所作で鞘に差した。  姿勢を直すと、ディシーは憮然としながら手の甲で汗を拭って、片手の剣を納めた。 「負けは負けだな」  上着の襟を正して余裕のある表情をつくると、肩をすくめた。  右手をつき出す身振りも気障っぽいが嫌味ではない。  フィディス家の三男坊は温室育ちだったが、心根はいじけていないようである。  二人の騎士は、固く握手を交わした。  歓声を浴びながら、剣士達が闘技場から退いた。  代わりに出てきた戦神の神殿に仕える巫女と神官が歌を捧げ、二人一組の剣舞が披露される。  試合の前の神事が、厳粛に執り行われていた。  勝者であるアルヴァはもう一試合を控えている。  相手はまだ会場の誰にも知らされていない。  人選は、表向き司祭が受ける神託によるとされている。  実際には貴族達の思惑や政治的な意図に忖度されるのだったが。  戦神に捧げられる巫女達の舞いの後、闘技場に一人の男が現れる。  その人物の姿采が、観客の目に映ると会場がざわめきはじめた。  髭を整えた威厳のある風貌。歳の頃は初老に近いであろうか。  齢を感じさせない逞しい体つきは、勲章の光る式典の煌めかしい装いに更に華を添える。  騎士ならば誰でもその男を知っているはずの人物。  エスパ・ロス・フランシス──王国の軍部の最高権力者、時の元帥であった。  セフェリノはその姿を見て呆気にとられた。  こんな大物が出てくるとは聞いていないと、少し離れたところで席についている父を見やった。  王は人々の驚く声が客席を揺らしているのを、愉快そうに眺めている。  装飾の少ない機能的な意匠の槍を手に、フランシスは戦神の像の前で短い演舞を見せた。  矛先が宙を裂き、足先が闘技場の砂を蹴り払った。目線の先を真っ直ぐに突き、長柄を回し下から跳ね上げる。  突き出された尖鋭は空中でぴたりと止まる。  立回りは俊敏にして、制動は一瞬。(きっさき)は僅かにも動かない。  攻防一体の動きに客席は圧倒されていた。その身のこなしは、華麗でもあり実戦的な激しさもある。  割れんばかりの大きな拍手を浴びた。  セフェリノは膝に置いた手を握り締め、体をさっきよりも硬く縮める。  アルヴァを推薦すると明言した本人が出てきた驚きもあるが、刃が削がれているとはいえ、あんな武器を使えば傷になるのは確実だ。  かの元帥は、断ることもできる立場にありながら、若い騎士を相手にする気概を持って出てきたのだ。  未だ衰えない武技を披露し、軍閥のトップである威光を示すつもりなのだろう。  傍らのローレンも言葉を発さずに、会場に視線を注いでいた。  フランシスが染めた場へと、同じく槍を脇に抱えたアルヴァが姿を見せる。  剣術でさえ卓越した技量で修めているが、アルヴァは槍術を得手とした。  それは騎兵としての嗜みであり、天賦の才と呼ぶに相応しい、緩急も間合いも対峙する者に挙止の一切を予測させない変幻自在の遣い手であった。

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