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暗淵 2
バルドはゆったりと脚を組み替えた。
「だから殿下の寵愛する騎士も、その優しさを守りたいと願うのでしょう」
セフェリノは額を押さえながら、小さくかの人の名前を呼んだ。
彼が助かっていると知れたのは嬉しいが、顔を見なければ安心できない。
「……今どこにいる」
そう訊ねた声に、バルドは視線を動かす。
「あちらにおりますよ」
示された天蓋付きのベッドを見た。薄いカーテンの掛けられた大きな寝台に近づく。
確かに人影がある。帳を分けてその中を覗いた。
ぴくりとも身じろぎせず仰臥する姿。
白い顔色は眠っているというよりも意識がないようにも思える。
香油を塗り、梳かした真っ直ぐの黒髪は、束ねられずシーツに広がっていた。
体には何も掛けていないために、貴族めいた凝った意匠のシャツと、コルセットのような高さのあるハイライズのレザーパンツという装いの全身が見えた。
セフェリノはベッドに上がって、彼の傍へ寄った。
「アルヴァ……」
そう声を掛けても、全く反応をしなかった。
呼吸をしているだけで、生気がなく人形のようだ。
疲労など他人に見せたことがない、自信と余裕のあるいつもの彼からは想像もできない姿に、セフェリノは不安にかられた。
「良い衣装でしょう」
セフェリノの近くに来たバルドがそう言って、アルヴァを横に向けた。
その衣服の背側を見て言葉を失った。
「何だ……これは」
腰上まで覆うパンツの背部には編み上げがあり、ぴったりと締められれば体の線が映える。
だが視線を奪われたのはそこではない。
シャツの背中側は、レース状の精緻な透かしになっており、下着がないため肌がほとんど露出している。
肩甲骨の起伏や、引き締まった腰まで続く脊柱に沿った窪みをのぞかせる。
男はセフェリノの目の前で、その背の曲線に手を滑らせていった。
上品な革の艶やかさが臀部や太腿の厚みを強調している。
騎士としての恵まれた体躯が、おそろしいほどに扇情的だった。
セフェリノは自身の中に生まれた感情に戸惑った。
確かにその美貌は羨望の的になっていたが、清廉で禁欲的な彼は、他者の下卑た欲など寄せ付けないと思っていた。
バルドは腰に手を添え、視線を誘うように尻を撫でていく。
「……ん…っ」
反応のなかった体がぴくりと震え、吐息が悩ましく洩れる。
眠っているアルヴァを弄ぶ男に、剣呑な表情を向ける。
「お前は、これが目的だったのか?」
「ええ……初めて彼を見た時からずっと」
「貴方の愛する騎士は、美しく感度の良い素晴らしい肉体だ」
男の低く甘い声が、奏でるようにそう囁いた。
セフェリノは唇を噛んだ。
「……そんなの聞きたくない」
「殿下から劣情をいだかれることも、アルヴァは喜ぶでしょう。肌の接触を相当に好んでいるようですから」
手をやっている尻に指を食いこませた。
タイトな線のレザーパンツが、臀部のむっちりとした曲線をあらわにしている。
掴むように揉むと、形を変えていく革のなめらかさが卑猥に映る。直接触れずとも厚く弾力のある質感が伝わってくる。
「最低だ、お前は……」
頭を押さえて、セフェリノは髪をぐしゃりと掻き混ぜる。
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