8 / 42

第8話(斉川の行動)

「お大事になさってください」 さくらが最後の患者を送り出し、病院のロールカーテンを閉めようとして手が止まる。 (あれ? まだ雪さんいるのかな? 律さんは倉木さんとご飯行ったみたいだけど) さっき、病院で倉木が「律とご飯」といそいそ帰って行った。 今、DogSalonYukiの明かりがついてる。 KS動物病院もDogSalonYukiもガラス張りの部分があるので、夜になると店内がよく見えるのである。 いつもは、明かりがついててもロールカーテンが降りてるのに、今日は受付がまだロールカーテンを下ろして無かった。 さくらは、受付の上にある時計を見る。 (今9時よね? こんな時間までやってるのは初めてな気がする。雪さん、細いから倒れないといいけど…) 道路挟んで向かい同士だから、どっちが何時に終わるかはだいたい把握出来ていた。 「あれ?」 さくらはビックリして思わず声がでた。 Yukiに誰か入って行ってからだ。 (あの人、確かこないだ雪さんに声かけてきた人かな?) 遠目だから確信が出来ないさくらは、病院の外に出て目を凝らす。 「お兄ちゃん、お兄ちゃん! ちょっと来て!」 さくらが大きい声で、斉川を呼んだ。 「なんだ? うるさいな、虫でもいたか?」 奥から、斉川が出てきた。 「違う違う、ねえ見て! 雪さんのお店誰か入って行ったけど、こないだ飲み会の後に雪さんに話しかけてきた安田って人だと思うんだけど…」 「何? 」 ピクッと斉川の眉があがり、外に出てくる。 「ほらほら! 雪さんと話してる人……えっ? えっ? あっ~!! 」 さくらが叫んだ。 「お兄ちゃん、あの人、雪さんに抱きついた! お兄ちゃん! お兄ちゃん?! 」 さくらが叫んだと同時に、斉川は駆け出した。 ププッー!クラクションが激しく鳴る。 斉川は赤信号を無視して一気に店まで走って行く。 さくらも後を追いかけようとしたが、病院が開けっ放しになると気づいて、行きたい気持ちを抑え、道路の反対側から様子を見る。 (お願い! お兄ちゃん、間に合ってよ!) 「安田さん、落ち着いて下さい!」 雪は必死に顔を背けて抵抗する。安田を押しのけようとするが、全く叶わない。 「俺がどれだけ君に尽くした思ってるんだ? 見返りくれてもいいだろ?」 酒に酔ってる安田は、理性を失っていた。 雪の嫌がる顔は、支配欲の強い安田には、興奮の材料でしか無かったのだ。 涙顔の雪に益々興奮した安田は、雪の両頬を掴み再び顔を近づける。 思わず目を瞑ると同時にバキッ!!と凄い音がした。 それと共に雪の顔から安田の手が離れた。 雪は恐る恐る目を開けるとそこに居た人物に驚いた。 「さ、斉川先生?」 そこには息を切らした斉川と、床に崩れ落ちてる安田がいた。 「な、何するんだ!」 突然殴られた安田が、怒った口調で斉川に言ったが、斉川の凄い睨みに黙ってしまった。 斉川は雪を自分の腕の中に抱え込むと、安田を再度睨む。 「もう一度殴られたく無かったら、帰れ! 二度と来るな! 」 鋭い口調で言われ、ビビってしまった安田は、愛想笑いをしながは弁解する。 「じょ、冗談だよ! 冗談! ちょっと雪君をからかっただけで、変な事をしようとなんて思ってないって…」 焦りながら後ずさりして、走ってお店を出ていった。 「クソッ! 雪、大丈夫か?」 顔を覗き込みながら聞いてきた斉川の声はとても優しかった。 「あ、ありがとうございます。大丈夫です。大丈夫で…」 安心した雪の目から涙が溢れ出す。 (ダメ、これ以上先生に迷惑かけちゃダメ…泣き止め! ) そう思っていても恐怖と安堵から、中々涙も震えも止まらない。 そんな雪に言葉をかけずに、斉川は優しく抱きしめ背中をさすった。 抱きしめられた雪は、斉川の心臓の音を聞いてると落ち着いてきた。 (また、先生に助けてもらった…) 「あの…先生、また助けてもらってありがとうございます」 顔をあげた雪の顔は涙に濡れていた。 雪の涙顔を見た斉川の心臓が、驚く。 急に鼓動が激しくなるのが分かった。 そんな自分に違和感を覚えながらも、雪の涙を優しく拭いてあげた。 その時、雪の頬に引っ掻き傷があるのに気づく。 どうやら、安田が強引に雪の顔を上げさせた時に、爪で傷つけたようだ。 「あいつ…クソッ! とりあえず、店閉めて病院に来い!」 怒ったような口調で、斉川が言った。 「は、はい」 雪はよく分からない様子だったが、斉川の言葉に慌ててお店を閉め、プリンと一緒にKS動物病院に向かった。

ともだちにシェアしよう!