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第9話(斉川の変化)
「雪さん、お兄ちゃん、大丈夫?」
KS動物病院に戻って来るなり、さくらが駆け寄ってきた。
「さくらちゃん、ごめんね。心配かけて…」
「ううん、当たり前だから、気にしないで下さい! それより怪我したんですか?」
雪の頬を見て、さくらが心配する。
「えっ? あっ? 怪我してるの? 」
まだ、ショックから抜けない雪は、自分が怪我してるとは思ってなかった。
「とりあえず消毒するから、診察室に入れ」
斉川が雪を促す。
「はい…」
おずおず診察室に入り、本来飼い主が座る席にちょこんと座る。
斉川が、消毒したピンセットとアルコール綿を用意している。
後ろから、さくらがガーゼを持ってきた。
「雪、顔をこっちに向けろ」
斉川に言われて、雪は斉川の方に顔をあげた。
(改まって、先生に顔見られるの恥ずかしな…)
雪は、顔が赤くならないように冷静を装っていた。
斉川が雪の顎をそっと触り、じっと雪の傷を見ている。
見られている雪は、心臓がドキドキしてきた。
(本当に綺麗な顔してる)
斉川の顔をマジマジ見てると、斉川が傷口から雪の方に目線をあげた。
(うっ! 見てるのバレちゃたかな? )
慌てて目線を逸らした。
斉川は何事もないように、
「消毒するぞ」
と、アルコール綿を雪の頬に当てた。
「ツッ!!」
意外に染みて雪は眉をひそめる。
「少し痛いが、我慢しろ。そんな深くないから、後は残らないと思うが…もし残ったら、あいつを…」
斉川の怒りが、またフツフツ湧いてきていた。
「だ、大丈夫ですよ! 僕男なので傷の1つや2つ! 手にはいっぱい噛まれたり、引っかかれたりした傷がいっぱいあるし」
トリマーの手は、暴れる犬や引っ掻く犬で、傷跡が結構残っている。
「顔と手は違うだろ?」
呆れたように言って、雪の頬にガーゼをはった。
「とりあえず、余り触るなよ」
斉川はそう言うと唐突に、雪の頭を触った。
もふもふ…もふもふ…
やはり、触り心地が良いのか、触り続ける斉川。
(う~何回やられても慣れない)
雪は恥ずかしいが、今回はグッと我慢して斉川が満足するまで触らせた。
「雪、大丈夫か?」
「雪君、大丈夫?」
大きな声と共に診察室のドアがいきよいよく開いた。
「あれ? 律と倉木先生!」
雪が、びっくりして立ち上がった。
「どうして? 」
「私が知らせたんです」
その後ろからヒョイとさくらが顔を覗かせた。
「そんな…すいません…」
雪が、申し訳なさそうに言う。
斉川は、せっかく雪の頭の触り心地を堪能していた所を邪魔され不機嫌そうな顔をしている。
「俺はまだ仕事が終わらないから、今家に雪を迎えに来て貰った」
「あっ、そうなんですね? 律、先生とご飯食べてたのにごめんね」
「大丈夫だよ!帰ろうぜ」
「うん、斉川先生ありがとうございます! さくらちゃん、倉木先生も心配かけてすいません」
雪はペコリと頭を下げ、プリンをさくらから受け取る。
「ううん、大丈夫ですよ。気をつけて帰って下さいね」
「気をつけて帰れよ」
雪が再度ペコっと頭を下げて、帰ろうとすると
「雪」
斉川が雪の腕をつかみ、呼び止めた。
「えっ? 」
「無事帰りついたら、連絡しろ。連絡先」
携帯を雪に差し出す。
雪は斉川に腕を掴まれた事に、ドギマギしながら、
「は、はい!」
と、慌てて携帯を出す。
無事交換出来ると、斉川は満足そうに雪の頭をポンポンした。
「気をつけて帰るんだぞ」
「ありがとうございます。失礼します」
雪と律が病院を出ていった。
「和希、送らなくてよかったのか?心配そうな顔してるぞ」
倉木がからかうと、ジロッと睨みながら、
「処置しなきゃいけない猫がいるから、仕方ないだろ」
と、奥に消えていく。
その様子にいつもと違うのを感じた。
(へー、和希なりに、雪君の事は気にしてるんだな。これが恋なのか、どうなのかはまだ本人も気づいてないだろうなー)
「ほら、お前も戻ってきたなら手伝え!」
「えー? 酒飲んじゃったから押さえるだけだぞ!」
斉川に言われ、渋々白衣を着る倉木。
処置をしながら斉川は、さっきの事を思い出していた。
雪と目が合うと心臓が波打つ、こんな感覚は初めてだった。
斉川は、今までと違う自分の感情に理由がつかず、イライラしている。
そんな斉川を見ながら、倉木はニヤニヤしている。
その後ろでさくらが、それ以上に妄想を爆発していた。
(雪さんの出来事はムカつくけど、お兄ちゃんが助けたのは大正解!あー診察室の様子見たかったなー)
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「本当に安田の奴!! 雪、悪かったな先に帰って」
「違うよ! 律のせいじゃないよ、僕もまさか安田さんが来るなんて思ってなかったし…」
はぁーと、雪がため息をつきながら言った。
「もう、安田は出禁にしろよ! 雪の優しさにつけ上がりやがって!」
「うん、流石に断るけど、多分連絡こないよね?」
「イヤ、アイツなら、シレッと現れそうだぞ!」
律は安田がそんな簡単に諦めるとは思ってなかったが、雪をこれ以上不安にさせても仕方がないと思い、黙った。
「しばらくは俺と一緒帰るぞ」
「うん、ごめんね。でも次はハッキリ断るから大丈夫だよ」
「ハッキリ断ったから、逆ギレしたんだろ? 次は俺がバシッと言ってやるよ!」
「ありがとう、律。斉川先生とさくらちゃんにも、迷惑かけちゃった」
「おい、斉川先生と何があった? 診察室入ったら、先生お前の頭触ってたぞ?」
「あ、あれは、いつもの犬扱いのやつで…何もないよ!」
慌てて否定する雪。
「ふーん、でも、斉川先生のお陰で雪が無事だからいっか! 雪は斉川先生なら触られて、嫌じゃないんだろ?」
改まって、律に聞かれた雪。
「うん、嫌じゃないよ。ただ、恥ずかし過ぎて…居た堪れない気持ちになるよ。あんなに頭もふもふされる事なんて、兄さんにしかないから」
(兄さんにされる分には何も感じないのに、不思議だな? 綺麗な顔をしてるから、余計恥ずかしいのかな?)
少し検討はずれな予想をしながら、2人は家に着いた。
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