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第10話

 そうして目を瞑っていた慧が、ほんのり眉をひそめて冷や汗をかき始めた。今のエピソードのどこになにが眠っているかわからない。  俺は心配する振りをして慧に声を掛ける。ゆっくり瞬きした慧はここが安全な教室だとわかるや否や、深くため息を吐いた。 「橘花さんっ? 大丈夫? もしかして怖いこと、思い出させちゃったかな……」 「いや……海に関するものが好きなのは確かなんだが、その、子供の時……プールの習い事でコーチに変なことをされそうになって……」 「な…………」 「み、未遂だから。わいせつなことを他の教室でもやっていたのが発覚して、辞めさせられたんだ。その件は当時、警察沙汰にもならなかったし」  俺の慧に先に手を出そうとしたショタコンの不届き者がいるだと……。  それだけで俺は怒り狂いそうだが、目前は慧だ。未遂ということは慧の身は清いまま。  だが、慧にとっては好きなものと連想させてしまう、忘れ難く憎き出来事だったろうが。  慧に気付かれないようアプリ入りのスマホを取り出す。  真っ赤な波形が激しく上下している。もしかして慧が動揺しているということ? これなら、いけるのか……?  興味半分に、画面をスライドしてスイッチをオンにする。 「……えっ、と……橘花慧さん、で間違いない、よね?」 「……はい」  慧はハッキリとした口調で、しかし少しぼんやりとした瞳で即答した。  ここまでは、通常の催眠でも充分にあり得る。アプリは信用ならない。  恐る恐る、震える手で憧れの慧の肩に触れる。けれど、慧は何の反応も示さなかった。  しかし、普通に会話をすることもいつもの俺ならテンパって変な空気になっていたと思う。ましてや……肌に触れるなど。  やましい気持ちはあるものの、上手いこと催眠状態にかかってくれた慧がいつ正常に戻るかわからない。

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