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第37話 最終章 花は咲く

 結婚式の前日、蒼はマンションを引き払い、完成した二人の新居に荷物を搬入した。 「なんとか片付いたね、朝から頑張った甲斐があったよ」 「あき君が手伝ってくれたおかげだよ、ありがとう」 「二人の家なんだから、当たり前だよ。ここで明日から一緒に住むんだよな、ワクワクするよ」  彰久は、明日は蒼を抱いて新居に入ることを夢想する。初めて新居に入る時は、花嫁を抱いて入るのは男の夢だ。 「どうだ、片付いたか?」  高久と雪哉、そして結惟が入ってきた。三人で新居の片付け具合を見に来たのだ。 「今、片付いたとこ、どう? 良いでしょ!」 「おっ! いいな! 空っぽの時より、荷物を全部入れると違うな、凄く良いよ。優しい雰囲気が蒼らしい」 「あお君のイメージでまとめたからね」  三人が感心したように見渡すのを、彰久は得意気に言う。蒼の清楚で優しい雰囲気に合わせようと、インテリアにはかなりこだわった。 「片付いたなら、二人とも母屋へ来なさい。明日に備えて今日は、早めに夕食としよう」 「そうですね、粗方準備できてるし。彰久は今晩どうするんだ? 一人ここで寝るのか?」  蒼は、今日は母屋の客室で寝ることになっている。今日までは、高久と雪哉が後見する西園寺蒼。だから、母屋で一晩を過ごすというわけだ。  明日晴れて北畠蒼になり、この新居に住む。それが、けじめとしてもいいだろうという、高久と雪哉の考えだった。 「一人でここに寝るのも淋しいからね。僕も、今晩までは母屋の自分の部屋で寝るよ」  二人にとって、独身最後の夕食は、温かく和やかなものだった。  今迄何度ここで食事しただろう……それは良い思い出ばかりだ。そして、今晩のこの食事も忘れられない思い出になるだろう。蒼は改めて、北畠家の人達の温かさと、優しさに感謝の思いをもった。 「なんだが、今日は大事な子供を嫁にやるような気分だ」  高久が言うと、雪哉も同意した。 「実際そうだからね。でも、明日は嫁を迎える側になるんだからね。彰久が相手で良かったよな、そうじゃなかったら淋しくて、泣いてたよ」 「いや私は、どこの馬の骨とも分からん奴に、大事な蒼をやれるか~ってのを言ってみたかったけどね。さすがに自分の息子には言えんからな」  これにはみんな笑った。蒼も笑った。 「ちょっと、父さん笑わせないでよ……って、結惟の時に言えばいいじゃないか」 「いやよ~っ、そんなこと言ったら、お嫁に行けなくなるじゃん」  最初のしんみりした雰囲気が、笑いに包まれる。だから、北畠家は温かいと、自らも笑いながら蒼は思った。  明日があるからと早めに休もうということになり、楽しい団欒はお開きになる。客室へ入る蒼に、雪哉が付いてきた。二人で話したいことがあるようだ。 「蒼がここで泊まるのも最後かな。書生になる前は、随分とここで泊まったよな」 「そうですね。最初に泊まった時は勿論、いつも楽しみで、そして嬉しかったです。ここに泊まるのは」  あの頃の蒼には、ここで泊まるのは一番の楽しみだったと、しみじみと思い出す。 「あの当時は、まさか君を嫁として迎えるとは夢にも思わなかったけど、嬉しいよ。やっぱり運命だったんだなあと思うよ」 「ありがとうございます。全ては先生のおかげで、僕はほんとうに幸せです」 「ふふっ、先生か……それも卒業して欲しいね。僕も高久さんもとうに君のことは蒼と呼んでるよ」  蒼君が、蒼になったことは蒼も気付いていた。それは、二人の気持ちが、後見者から親になったということだ。自分も卒業……そうだな、親に先生はないとは思っている。が、なんとなく照れくさいのも事実なのだ。すんなり、父さん、母さんと言えるだろうか……。 「あっ、明日から改めます」 「ああ、期待しているよ」  蒼の思いも分かるのだろう雪哉は、茶目っ気にウインクして言った。蒼の心が軽くなるようにとの、雪哉なりの配慮だ。 「さあ、じゃあもう休もうか、明日は一日大変だからな。おやすみ」 「おやすみなさい」  蒼は横になると、亡き母に語り掛けた。『僕にもう一人の母さんが出来たよ。父さんもだよ。お二人とも優しいから、僕は幸せだよ』そうして穏やかな眠りについた。  この夜の北畠家は、いつもと変わらないながらも、どこか幸せに浮ついた雰囲気で更けていった。

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