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第39話 最終章 花は咲く
結婚式場。
居並ぶ参列者に軽く会釈しながら、彰久が入場する。シルバーのモーニングコート姿の彰久の、王子様然とした姿に、感嘆の声が静かに上がる。
その後蒼が、高久と雪哉に伴われて、入り口に姿を見せる。高久の腕に手をかけた蒼の背を、雪哉が優しく撫でて軽く押してやる。今は、母親として我が子を送り出す心境だった。
高久のリードでバージンロードを進む蒼。神々しいまでに美しく、皆、感嘆の声を上げ、その姿に釘付けになる。
蒼は、緊張して何も考えられない状態だが、彰久は冷静だった。皆の感嘆の声、蒼に見とれる姿、全てが満足だった。これほどの人を自分のものに出来る。二十三年思い続けて良かったと、達成感もある。
高久と蒼が、彰久の前まで来た。
「大切な我が子だ、必ず幸せにするんだぞ」
「生涯かけて、必ず幸せにします」
短い父子のやり取りの後に、高久が蒼を彰久に渡す。彰久は蒼を抱き込むようにして二人で、正面を向いた。
ここで司会者から、永遠の愛の誓いを宣誓すると告げられると、どよめいていた会場が静まり、皆が二人に集中した。
「私、北畠彰久は、今日夫となった蒼を生涯かけて愛することを誓います」
高久と雪哉の立ち合いのもと、先ずは彰久が力強く宣誓する。続いて蒼も宣誓する。この時、彰久は蒼と出会った三歳の時からの思いが漸く叶った。蒼は自分にとってそれほどの人なので愛さないわけがないと、切々と述べた。それは、後々の語り草になった。皆、その深い思いに感動したのであった。
続いて、指輪の交換へと進む。今日のために彰久が用意した結婚指輪。お互いのものに相手の名が刻んである。常に愛する人と共にあるようにとの、思いを込めたものだ。
最後に誓いのキス。これはあえて軽く触れるくらいにすませた。彰久が自身の理性を保つために……。
高久と手を組んで進んだバージンロードを、今度は彰久と共に進み、二人は式場の外へ出る。そこへは大勢の人が待っていて、姿を現した二人に歓声が上がる。
式場に入れない、病院の職員たちだった。二人の姿を一目で見たい、そしてお祝いを言いたいと、各科でリーダーを決めこの日に備えたのだった。
何も知らなかった蒼は、感動で一杯になる。涙が溢れそうになるのを必死に堪える。彰久は、そんな蒼の腰を抱きしめ、そして言った。
「皆さん! ほんとにありがとう! 心から嬉しいです! 二人で幸せになることを皆さんの前で誓います!」
また一際大きい歓声が上がる。
会場の中にいた出席者たちも出てきて、暫し賑やかな歓談の場となる。勿論中心は主役の二人。王子様然とした彰久、シンデレラも真っ青になるだろう、美しい蒼を皆称賛し見とれた。お似合いの夫夫だった。
そろそろ、披露宴会場へ入る時間になり、出席者は移動し、そうでない職員たちは解散になった。蒼も彰久と共に向かおうとして、一人の人物の姿が目に入り固まった。
「と、父さん……」
彰久もすぐに気付いた。
「西園寺さん、来て下さったのですか?」
「一目だけと思ってね……蒼、きれいだな……春斗に似ている……春斗が生き返ったかと思うくらいに。蒼、おめでとう。これは私からの祝いだ。ほんの気持ちだが、受け取ってくれ」
「父さん……」
蒼は戸惑い気味に彰久を見ると、彰久は静かに頷いた。
「西園寺さん、良かったら今から披露宴ですので、出席されませんか?」
気付いて、引き返してきた高久が声を掛ける。雪哉も一緒だ。
「いや、私はここで失礼します。一言祝いをと思っただけなので。北畠さん、これからも蒼をよろしくお願いします」
初めての父親としての言葉、蒼は暫し呆然とした。何を言ったらいいのかわからない。
蒼の父、西園寺晃一は去っていった。その後ろ姿は老いも認められ、蒼は改めて家を出てからの時の長さを感じずにはいられなかった。
披露宴も無事に終わり、蒼を含めた北畠家の面々は帰宅した。母屋には入らずに、皆新居になる離れの前にいる。
「今日はみんな、朝からありがとう。なおも忙しい中帰国してくれて、嬉しかったよ、ありがとう」
彰久が改めて感謝の言葉を告げると、蒼も彰久の横で、頭を下げて感謝の意を伝える。
「尚久が明後日には、また渡米するから、明日の夕食は母屋で一緒にとるぞ。それまでは、まあ、二人でゆっくりしろ。彰久、ほどほどにな」
雪哉の言葉に、彰久は苦笑する。新婚最初の夜、しかも発情期はこの日に調整した。既に蒼には、その兆候が見られる。これから、番になるのだ。ある意味アルファとオメガの結婚の本番は、これからと言っても過言ではない。それなのに何が、ほどほどだよ……無理に決まっている。
彰久は蒼をひょいと抱き上げる。
「えっ! あ、あき君!」
慌てる蒼を、ものともせず彰久は蒼をだいたまま新居に入る。高久たち、他の北畠家の面々は苦笑交じりにそれを見送った。
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