9 / 52

09.衝撃

 外出禁止という最悪のシナリオを思い浮かべたグラキエは、即座に誤解の糸を解くべく愛想笑いを浮かべた。 「いや、あまり羽を伸ばせていないんじゃないかと思って。ネヴァルストで普段していた事があれば、出来る限り再開出来るようにするから」  きょとんとした顔の後、意図を理解したらしい異国の王子はふわりと花のような微笑みを浮かべる。  確かにこれは知らなければ女性だと思われても仕方がないなと、ぼんやり見とれながらグラキエは改めて思うのだった。 「お陰様で、祖国と変わらず過ごせております」 「鍛練などはしていなかったのか?」  何とか情報を引き出そうと、苦し紛れに口が動く。  あまり目の前の人間が武器を扱うイメージは出来ないものの、王子に生まれ付いたならば基礎的な鍛練は通る道のはずだ。  お陰でグラキエも得意ではないが、幼い頃にみっちりやらされて軽い剣なら扱える。今はひたすら逃げ回って研鑽を積んでいないので、実戦に使えるかと言われると……かなり怪しいが。  すると異国の王子は少し言葉を詰まらせた後、曖昧に微笑みながら口を開く。 「確かに昔は稽古を受けておりましたが、Ωだと分かり禁じられました」 「Ωであることと何の関連が?」  つい反射的に聞き返してすぐ、保護されていたのではないかと思い至った。  α、β、Ωの内、Ωは男でも子種を宿す希少な存在だ。アルブレアではその辺りを配慮する事もなく他の性別に混ぜられているが、もしかしたらネヴァルストでは丁重に扱われているのかもしれない。  大国ともなると扱いが違うのだろうなと、一人勝手に想像しつつ聞いていたが。 「万が一にも肌に傷を作ると、抱き心地が悪くなると」 「………………え?」  予想外の回答が返ってきて、グラキエは内心頭を抱えてしまった。  Ωは筋肉がつきにくいだとか、適性が他に見出されているとか、そういう話だと思っていたのに。これはどう考えてもその方向性ではない。 「その、すまない、理解が追い付かないんだが……」 「Ωの役割は種を受け入れ子を宿すこと。御相手を萎えさせる可能性のある事象を排除し、一度でも多く望まれる身体になるべし、と」  ……聞いていて、段々気が遠くなってきた。  これは選ぶ相手を間違えたかもしれない。  今まで会った令嬢がそんな事を言われれば、恐らく烈火のごとく怒るだろう。社交の華であれとすら言われない、ただ子を作る繁殖相手としての役割しか求められていないのだから。 「日頃は交合の訓練をして過ごしておりましたが、この国ではその様な習慣はないと教わりました。なので学習の機会を頂き感謝しております」  先に食らった衝撃で頭がぐらぐらしている所に、次から次へと出てくる予想の斜め上を遥かに超えた回答が飛んでくる。  思う様に二の句が継げない。何か言おうとしても言いあぐねて、遂には完全に絶句してしまった。  交合――つまり性行為である。  話しぶりからして受け入れる方の訓練なのだろう。それを王宮で日常的に、一日の殆どの時間を割いて行っていたというのか。王族が。色の商売になど関わりもしていない、成人になるかどうかという年齢の王子が。他に何をするでもなく、訓練と称してそれだけを学んできた、と。  混乱するグラキエの目の前にあるのは、口から出た言葉のえげつなさを全く感じさせない、けろりとした顔。それが至極当然だとでも言いたげな、顔。  まるで繁殖用の牝馬じゃないかと言いかけて、流石にまずいと言葉を飲み込む。  これ以上声が出ないグラキエに、目の前の男はにこりと微笑みかけた。 「無論、御命令には従いますのでご安心を。グラキエ殿下のお求めならば、いつでもどこでも、お応えいたします」  ……課せられた義務だと、グラキエも理解はしている。王位継承はせずとも王家に生まれ付いた以上、国王夫妻や兄達の万一に備えて、血筋を安定させるためにその義務が必要とされている事も。  そういう認識の元で相手が言っているであろうと分かっていても、ゾワリと全身に鳥肌が立った。毒気の無い表情で宣う目の前の顔にも、こんな言葉を平気で吐くよう刷り込んだ彼の国にも。    令嬢は貴族の義務と結婚に縛られているが、同じ王子ならばそれが全てではないと思っていた。  性格は個々で違えど、国を守る意思と彼らの立場はどの国でも同じだと思っていた。    けれど、違う。  王子とは名ばかりの、どの令嬢よりも不自由で奴隷のような存在が目の前に居る。  ――無理だ、受け入れられない。    部屋になど訪れなければ、聞かなければよかったと、そう心の底で後悔する自分が居た。知らなければ何も気にせず、いつも通りで居られたのに。  顔合わせで自分のかけた言葉が、果たして適切だったのか今更恐怖する事もなかったのに。 「グラキエ王子……? あの、何か気に障ることを申しましたか……?」  気が付けば、そっと伸びてきた手首を力一杯掴んで引っ張っていた。部屋から引きずり出して早足で廊下を歩く。背後からシーナが何か言っているのが聞こえてくるけれど、その言葉の中身はグラキエの頭には届かなかった。  この国に来てまで、奴隷のように振る舞う事は許さない。  自分が選んだのは奴隷じゃない。繁殖するだけの相手でもない。  歩を進めれば進めるほど、一体誰に向けているのか分からない憤りが湧きだしてくる。それが堂々巡りをしながら、じわじわとグラキエの頭の中を支配していくのだった。

ともだちにシェアしよう!