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10.糸口

「あっ、あのっ、王子! グラキエ王子……!」  突然腕を掴まれたと思えば、無言のまま外へ繋がる扉の方に向かっていく。恭順の意を伝えたつもりなのに、何の反応もないどころかこの展開である。  何か怒らせてしまうような事を言ったのだろうか。このまま外へ放り出されてしまうのだろうか。襲ってくる漠然とした不安に、掴まれた手を振り解く事すら選択肢に入ってこない。  結局そのまま外に出てしまい、冷えた空気が体を包む。何か不興を買ってしまったんだという結論に至り、怒りの理由を探すことも諦めてしまった。  ……けれど、城を出てしばらくしてもその手は握られたままで。  気付けば城の周辺を囲む林を抜けて、街の中に入っていた。当然、石畳の道を無言で抜ける二人を何事かと周りは見る。 「あ、あの……っうわっ」  前を歩く第三王子が急に立ち止まり、ずっと地面を見ていたラズリウは止まりきれずにぶつかってしまった。何とか転ばずに済んで胸を撫で下ろしていると、ギギギと扉の開く音がする。また掴まれた腕を引っ張られて、そのまま中へ足を踏み入れた。  扉の中には、見渡すばかりの本棚と謎の機材が詰め込まれた棚が壁に連なっている。ずんずん奥に入っていったと思えば、巨大なテーブルに向かって置かれているソファの上に座らされて。  黒い座面は固そうに見えたが意外と柔らかい、不思議な感触だ。 「この建物には色々あるから、適当に見ていくといい」 「えっ、あの……」  行動の意図が分からず困惑していると、城で見かけた三人が歩いてくるのが見えた。 「あれっ。さっきの王子様だ」 「ほんとだ」 「グラン王子が人連れてくるとか珍しい」  どうやら窓からラズリウが見ていたことに全員気付いていたらしい。  いかにも興味津々だと言わんばかりの様子に、居心地は悪いが拒否もしづらい。そんな三人の様子に周囲の視線も集まってきてしまった。 「こら、あんまり無遠慮に見るな」 「いいじゃないすかー。グラン王子が年貢納めそうな相手が来た!って評判すよ」  グラン王子、もとい第三王子が見かねて止めに入ってくれるものの、彼らは引く様子がない。むしろ興味を深めてしまったような気配がする。  とはいえ、その興味の原因は自分を連れてきた人間によるものだと分かるけれど。 「お前ら……面白がってるだろ」 「はい。正直めちゃくちゃ面白い」  王族に対する距離感だとは思えないけれど、他の王族も距離感がネヴァルストよりかなり近かった様に思う。色々な国があるものだと少し不思議に思いながら、じゃれ合う彼らのやり取りにぼんやりと耳を傾けていた。  一連のやり取りが終わったと思えば、第三王子は目の前の巨大なテーブルに道具の様なものを広げ始める。それを見て先程までじゃれ合っていた面々がギョッとした表情を浮かべた。 「えっ待って、放置?」 「それは流石に無いっすよグラン王子」 「そう思うなら研究所を案内してやってくれ」  ええーっ!?と周りから声が上がっても気にする様子はなく、さっさと何やら作業を始めてしまった。  なるほどこれは失礼だとラズリウも思わず納得する。全く同じではなくとも、恐らく近い事はしていたのだろうと簡単に想像がつく。そして放置された令嬢の怒りを買って詰められた、と。  こうなると完全に自業自得である。 「まじかよ、全然懲りてねぇじゃん」 「平手打ちを三回食らった男は肝の据わりが違うな……」  驚き半分、呆れ半分に周囲は言葉をこぼす。こうして不名誉な評判は方々に伝わっていくのだ。 「……えーと、良かったら中案内しますよ」  ぽつんと座る姿を不憫に思ったのか、近くに立っていた少年が声をかけてくれた。ここで素直に従う方が良いのか、待っている方が良いのか。  ラズリウの頭は二つの選択肢を天秤にかけ始める。  第三王子は他人に合わせる事が苦手だ。夢中になる物があると気を取られてしまう。  彼が令嬢を避けるのは、おそらく彼女達をエスコートする集中力が続かないから。それで色々あったのは周囲の話を聞いていて想像に難くない。あの開き直った様子を見るに他人に興味を持つことも、持たれることも、とうに諦めている。  ならば――取る選択肢は一つだ。 「ありがとうございます。でも、グラキエ王子の作業を見ていたくて」  ラズリウの言葉に、えっ?と周りは戸惑った様子の声を上げる。互いに目配せした後、一様に首を横へ振りながら無理するなと異口同音に言葉をかけてくる。 「いやいやいや、無理しなくても大丈夫っすよ。無理に合わせても飽きちゃいますって」 「ああなると本気で脇目も振らないんで、見てても退屈ですよ」  言葉そのものはラズリウを気遣っているように思えるが、その雰囲気からは第三王子から遠ざけようとする意図を感じる。よそ者に警戒しているのか、以前何かあったのか。  ……後者かな。  自分のように取り入ろうと頑張ってみたけれど、やはりダメだったというパターンの方がしっくりくる。彼に無駄な期待をさせてくれるなという事なのかもしれない。  けれどラズリウとて、何の理由もなくそう言った訳ではないのだ。 「僕のお部屋にある魔法技術の道具は、グラキエ王子が作ったものだと聞いたんです。どんな風に作られたのか気になって」  ネヴァルストは限られた者が魔法を使える程度で、魔法技術はない。その貴重な技術を魔法使いの国の王子が習得して道具を作ったというのだから、その真偽のほどには少だけ興味がある。  黙々と作業をしている後ろ姿の慣れた動きからして、恐らく本当なのだろうけれど。 「あの、隣で見ていても?」  あんぐりと口を開けたままの研究員を横目に、テーブルへ近付いた。  少し離れた所に陣取って話しかけると、第三王子は驚いた様子でラズリウを見て。少しだけ嬉しそうな表情に見えたけれど、すぐに元の表情に戻って視線が手元に落ちる。 「構わないが……上手い会話なんか出来ないぞ」 「作業を見るのに会話なんて必要ありません。でも、気が向いたら作業の解説を頂けると嬉しいです」 「…………わかった」  少しの沈黙の後、ぽつりと聞こえた言葉。どこか照れくさそうにしながら緩んだ口元にラズリウもつられて微笑んだ。    これは良い発見をした。好かれるきっかけが分かった気がする。  すぐにそんな思考を始めた自分に僅かな後ろめたさを感じながら、てきぱきと何かの形を組み上げる器用な手元を眺めるのだった。

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