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11.兆し
異国の王子からの視線が手元に注がれる中、グラキエは黙々と作業を続けていた。
作業風景が見たいと言ったのは別に彼が初めてではない。気を利かせた今までの何人かも同じような事を言って、飽きていった。飽きるだけなら勝手にすればいいが、相手をしてくれないだのつまらないだの好き勝手言いながら。自分で興味があると言ったくせに。
そんな事を思い出したからだろうか。変に力が入って、部品がひとつ指からこぼれ落ちてしまった。
「どうぞ」
ころころと転がっていった部品を拾い上げたのは、アルブレアの民より黄色味のある肌。日の光をほのかに感じさせる色の手だ。
「……無理に付き合わなくても、好きに動き回っていいんだぞ。ここには色々あるから。何か面白いものが見つかるかもしれない」
自分の行動に付き合わせたいだけじゃない。単にあの部屋に一人置いておけなかっただけなのだ。この国で何か、ひとつでも楽しめるものを見つけてくれればと思っただけで。
無理をして、相手に合わせて、わざわざ退屈なものを見続ける必要はない。
いつも皆最初だけなのだ。義務感で合わせてくれても最後には興味を失う。だったら最初から思い思いの方を向いていればいいのに。
そんな事を考えながら部品を受け取ると、異国の王子はふるふると首を軽く横に降った。
「いえ、面白いですよ。からくりというものを見たのは初めてなので」
そう言って笑う瞳は、机に置いた組みかけのパーツを見ていた。珍しいものを見る子供の様な、やけに無邪気な顔で。
どうせ最初だけだと思ってはいても、やはり興味を示されると何だかんだで嬉しくなってしまう。
少しだけ、照れくさい。
「そう、なのか?」
「はい。……あの、もしかして……見ているのはお邪魔ですか?」
「いや、その……そういう訳じゃないが」
じっとグラキエの目を覗き込んでいた琥珀色の瞳が、よかったという言葉と一緒に細められる。本当に安堵したような、そんな表情に少しドキリとした。
「あの、その部品はどんな働きがあるのですか?」
あまりにも恐る恐る聞いてくるものだから、投げかけられた言葉が質問だと理解するのに少し時間がかかってしまった。
向けられている視線の先には、先程手渡された部品。薄い円形の板に櫛の様な歯がついた歯車だ。なるほど、歯車の様な簡単な部品も見る機会は無いらしい。
大国の王族は変わっているなと少し驚きながら、受け取った部品を組みかけのパーツに組み込む。パチンと小気味良い音を立てて予定どおりの場所へ収まった。ゆっくりと回せば、噛み合った歯車がカチカチと音を立てながら方々へ動力を伝えていく。
「一ヶ所を動かしただけなのに色々な所が動く! あの、ではこれは?」
「ええと、これは……」
動くからくりの中身がよほど珍しかったらしい。
ぱあっと顔を輝かせた異国の王子は、組み上げる前の部品をあれこれ指差しながら質問し始めた。出来上がったものや組みかけのものに興味を示したのは見たことがあるが、研究員でもないのに部品そのものに興味を示した人間は初めてじゃないだろうか。
質問をすると回答が戻ってくると分かったからか、組み上げようと手に取る部品ひとつひとつについて説明させられる羽目になった。ほぼ全てが初めて見る物だったらしく、予定していた作業が全く進まなかったけれど。
それでもどこか充実したような、不思議な時間を過ごす事が出来たのだった。
翌日。
「グラキエ王子。研究所へ行かれるのですか?」
食事を終えて向かった城の玄関口で、不意に後ろから呼び止められた。今日は誰の小言かと振り返ると、いつもはすぐに部屋へ戻っている異国の王子が立っているだけだ。
向こうから話しかけてくるなんて珍しい。
「ああ、そのつもりだけれど」
「今日もお側で作業を見せていただいてもいいですか?」
微笑みを浮かべてすぐ近くにやって来たと思えば、こてんと首を傾けて尋ねてくる。予想外の台詞に一瞬何を言われたか理解が出来なかった。
「……正気か?」
まずいと思った頃には既に遅く、愛想も何もない声音が転がり落ちていた。ここにテネスが居れば間違いなく一喝が飛んでくる所だろう。
しかし幸いその気配は特になく、目の前にはいと笑顔で頷く顔が見えただけだった。
「あれが完成する所を見たいのです。毎日ご一緒するのはお邪魔でしょうか」
「別に……構わない、が」
「! ありがとうございます」
さっきの発言などなかったかの様に、異国の王子は笑顔を輝かせる。
何を言ってしまっても不快感を表に出してこない。変に周りからの説教が飛んでくることもなく助かるのだが、こうも全て流されると少し得体が知れないなと心の中でつぶやいた。
あれから宣言通り、異国の王子は本当に毎日研究所へ向かうグラキエの後をついてくるようになっていた。
「あの、これはどういう目的で組み込まれているんですか?」
「ん? ああ、えーっと……んん……?」
最初は遠慮した様子で許可を取ってからだったのに、近頃はグラキエの作業を見ながら流れる様に質問を挟んでくる。しかも少しうろ覚えのままだった所を的確に突いて。
とはいえ熱心に尋ねてくるので悪い気はしない。話した内容を意味がよく分からないながら覚えているようで、きちんと聞いてくれようとしているのは話していてすぐに分かったから。
一日二日で飽きるだろうと思っていたのに全くその気配もなく、見よう見まねで組み上げに挑戦し始めてしまう程だ。そのせいで質問の回数が増えて手が止められてしまうけれど、何か面白い物が見つかるはずだと言った手前、いざ興味を持った様子で教えを請われると無下に出来ない。
……ただの説明だけれど、聞いて反応してくれるのは嬉しい。
ああだこうだと話し合えるのは楽しい。
関わるのは最低限にしようと考えていたはずなのに、いつの間にかラズリウ王子と一緒にいる時間がどんどん長くなっていったのだった。
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