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12.鳥籠の国
研究所に通い始めて、第三王子の態度が明らかに変わってきたのをラズリウはひしひしと感じていた。
朝食の後に予定を尋ねてくるようになって、研究所に行きたいと伝えると一瞬だけ笑顔を浮かべるようになった。研究所への道中も構想中の道具や、新しく発見された技術の話を振ってくるようになって、頷いているだけの相手にも楽しそうに話している。
恐らく今まで引き合わせられた人々は興味を示す事が無く、思うように話が出来る相手が居なかったんだろう。ラズリウもきちんと内容を理解が出来ている訳ではないが、別に理解をして欲しい訳ではないらしい。
無事に距離を詰められそうだという安堵感と、相手の人の良さを利用する悪人になったような気分が同時に襲ってくる。少し複雑な気持ちになりながら、研究所への道を二人で歩いて行った。
研究所に着くと、いつもの作業台の近くでいつもの研究員が集まっていた。のんびりと思い思いの挨拶をする彼らの向こうには、細々としたパーツが詰め込まれて出来上がりつつある小さな箱が五つほどある。
何か打ち合わせをするように集まった面々を遠巻きに眺めていると、同じく輪に入れないらしい年少の研究員がこんにちはと挨拶しながら近付いてきた。
「こんにちは。そろそろ出来上がりそうですね」
「ですね。ドームのどこに取り付けるのか相談中っす」
「ドーム? そんなものがあるんですね」
どこかにそんな施設があるのかと思っていると、やだなぁと笑いを含んだ声が聞こえた。
「毎日見てるじゃないすか。空を覆ってる透明の屋根」
はたとしばらく考えて、あっと小さく声をこぼした。
確かに、ある。
研究所へ出かけるようになってようやく気付いた、空を映す透明な硝子のようなもの。時々見える程度だから何かの建物の一部だと思っていたけれど。
「……あれは屋根だったんですね」
「そうか、よその国には無いんすよね。あれがないとカヴェアを越せないんす」
カヴェアは確かアルブレアの冬にあたる時期だったはずだ。今は夏にあたるディルクロだけれど、カヴェアになると他国との境界が雪と氷で覆われて行き来が出来なくなる。
しかもディルクロの約三倍の長さだと言われているらしい。アルブレアの民は一年の四分の三を雪と氷の中で過ごしているのだ。生物を受け付けない厳冬を味方にして長らく戦火を逃れてきた国だと教わったのは、確かネヴァルストでの歴史の講義だったか。
そんなアルブレアに生きる者を守るための大切なものが、あの硝子のような空を作り出しているドームだというのだ。
「外の吹雪から守ってくれてる屋根だから、検査したり周りの調査をするんす。そのための機械が、今まで作ってたあれ」
「そうなんですか。大切なものだったんですね」
単なる日常の道具ではなかったらしい。軽い気持ちで見学して、組み立てまで体験させて貰っていたけれど。
……作業中にあれこれ話しかけて周りの邪魔をしてしまっていた今までの自分を思い返して、段々申し訳なくなってきた。
そんなラズリウの様子を知ってか知らずか、研究員はおどけた様子で声を潜める。内緒話をするように。
「しかも、吹雪だけじゃないんすよ。雪崩や土砂崩れだって堰き止めた事があるらしいっすよ」
自分が生まれる前だったらしいから見た事ないけど、と若い研究員は快活に笑った。
土砂崩れはネヴァルストでも頻繁に起きる。豊かな山と森を擁する祖国では、雪ではなく雨が多量に振る時期があって。降雨が激しくなると地面が緩んで麓の町や村を押し流すことがままある。
その土砂崩れで故郷も親も亡くして孤児になっていたのが、今従者をしてくれているスルトフェンだ。
「……ネヴァルストにもドームがあったら……孤児になる子達も出なかったのかな」
スルトフェンはたまたまラズリウと会った。当時の自分が歳の近い遊び相手が欲しいと我が儘を言って、それが認められたから王宮に連れて帰れた。
けれど彼以外の孤児達は多くが未だスラムに居るか、飢えや病で命を落としたかだろう。その先を幼い自分が知る術は無かったし、離宮に入った自分とて知ろうともしなかった。
起きる災害をどうにかするという考えは恐らく、あの国では誰も持っていない。起きてしまった災禍から立ち直るのは最早お家芸だけれど。
「んー、それは無理じゃないすかね。ラズ王子の国には魔法技術、無いんでしょ?」
「そう言われると……返す言葉もない」
長い長い時間をかけて作り上げられた国。それを支えるドームもきっと、同じくらいの時間をかけて守られてきたんだろう。
災害や戦争で破壊される度に作り直す国とは、そもそも性質が違うのだ。
感心しきりのラズリウに気を良くしたのか、研究員はふふんと腰に手を当てて胸を張る。
「アルブレアの王様達はすごいんすよ。皆様ほぼ学者なんで!」
「ほぼ学者……王族なのに?」
王太子と王太子妃は動植物の研究をしているような話をしていたが、他の人々も同じなのかと驚いた。ネヴァルストは軍事力に直結する武芸か魔法を尊ぶ傾向だったけれど、国が違えば本当に違うものだ。
「王様とリスタル王子は自然学で、ニクス王子は魔法学。グラン王子は学者じゃなくて技術者っすけど、研究もしてます。王妃様は薬学、フローリア様は動物学。あ、貴族のご令嬢なのに元ハンターなんすよ、王太子妃様って。ベルマリー様だけ平民の出で舞踊家っすけど」
「じょ、情報量が多すぎて頭がくらくらしてきました……」
容赦の無いスピードで淡々と語る研究員。その言葉を整理するのに頭が追い付かない。
ほぼ全員が学問の徒で、その伴侶までも学問を修めているという事だけは理解が出来たけれど。今度は希望どおり婚約が成ったとして、そもそも自分は彼らについていけるのだろうかと若干の不安がよぎる。
「いっぺんに聞くとそうなるっすよね」
混乱するラズリウがよっぽど面白いのか、研究員はケラケラと笑っている。
「リスタル王子はすぐ難しい話をするからって、フローリア様が出てくるまで婚約者が見つからなかったんですって。グラン王子は気質が近い上にあの性格だから、婚約まで何十年かかるんだって言われてたんすよ」
「そう、なんですか」
けれど、王太子は同じ学者の王太子妃を見つけ出した。分野は違ってもきちんと渡り合える相手を。なのに第三王子に宛がわれたのは何の教養もないラズリウだ。
……彼とて何も知らない自分より、同じくらい話せる相手が良かったんじゃないだろうか。
楽しそうに新しい技術の話をしていた今朝の第三王子を思い出し、学のない自分を呪わずには居られなかった。
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