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13.散策
今日も変わらずいつも通りの朝食……の、はずだった。
「ラズリウ殿下。最近グラキエと共に研究所へ通っていると聞き及びましたが、本当ですか?」
突然母がそんな事を言い出して、穏やかに食事をしていたその場の手が止まる。急に周囲の視線が集まったからか、呼びかけられた本人はびくんと体を硬直させた。
「は、はい……道具を作る過程を見学させて頂いています」
「無理をしなくとも良いのですよ。どうせグラキエは作業に夢中でつまらないでしょう」
「いえ、あの、色々と教えて頂いています。とても楽しいです」
硬直したのも一瞬だけで、ラズリウ王子は即座に柔らかい笑顔を浮かべる。しかし母は渋い顔のままだ。どうやら自分に有無を言わさず付き合わされていると考えているらしい。とんだ濡れ衣を着せられている。
……最初は確かに、無理矢理引っ張っていった気もするけれど。
そんな会話を眺めていた次兄の婚約者であるベルマリー嬢が、にこにこと人懐っこく微笑みながらグラキエに視線を向けた。
「研究所まで一緒なら、街を案内して差し上げたらいかがです?」
「それは名案ですわ。ネヴァルストとは違う景色でしょうし、良い刺激になるのでは」
ベルマリー嬢の提案に義姉も賛同する。あまりにも急な展開に「えっ」とグラキエとラズリウ王子の声が図らずして重なった。
「グラキエは日頃街をふらついているしね。土地勘はあるだろう?」
「あー、じゃあ、えっと……どこかで食事にでも」
「どうせ救済院で済ませるつもりでしょう。すぐそこではないですか」
頭の中を透かして見た様な母の指摘に、思わず口の端が引きつってしまった。
救済院は身寄りを亡くした子供達を保護し、生活の場と共に技能習得のための仕事を斡旋する施設だ。
そこには食堂があり、メニューは日替わりの一種類だが安価で食事を摂る事が出来る。孤児の支援として行く住民も居れば、何も考えずに手早く食事を済ませたい場合にも重宝される。グラキエや研究所の研究員は後者の理由で通う常連だ。
レストランを選ぶにも相手の好みへの理解や選ぶ側のセンスが試される。その点救済院であれば孤児の支援という側面もあり、ノブレスオブリージュを教え込まれた上流階級ほど文句を言い出しにくい。好みの分からない相手を連れて行くにはもってこいの場所なのだ。
とはいえその手を毎回使っていたせいか、家族には完全にバレているようで。方々からこれみよがしに溜息が聞こえてくる。
「グラキエ。今日は終日、ラズリウ殿下へ城下の案内をするよう命じます。王命ですわよ。ね、あなた」
「うむ」
父王はあっさりと母の言葉に頷いてしまった。普段は威厳のある国王をしているのに、こんな時にだけ軽々しく王命を使わないでほしい。
けれど周りの笑顔の圧力を押し返すほどの力量を、グラキエが持ち合わせているはずもなく。
結局一言も反論できず、街へ繰り出すついでに王都を案内する事になってしまったのだった。
城門を抜けて林の中を無言で歩く。
隣は何やらそわそわしている様子だったが、意を決したようにグラキエの方を向いた。
「あ、あのっ。研究所に行きましょう。案内はして頂いたという体でお返事しますから」
王命だとまで念を押されているのに背こうとは大きく出るものだ。真面目そうなのに。
「絶対にダメだ」
「で、でも……僕がずっとグラキエ王子のお邪魔をしていたのに……」
ドームの観測装置に使う機器を作っていたと誰かから聞いたらしく、少し前にも邪魔をして申し訳なかったと謝られている。作業は都度手が空く人員へ割り振るようになっているので、自分が遅れてもそこまで影響はなかったのだが。彼はずっとその事を気にしているらしかった。
けれど今、懸念するべきはそこじゃない。
「ラズリウ王子はあの人達の容赦のなさを知らないんだ。尋問を食らうと絶対にボロが出る」
「じ、尋問……?」
あえて選んだ物騒な単語に、ラズリウ王子の表情が一瞬硬直した。
「リスタル兄上は記憶力がずば抜けていて、嘘で矛盾が出るとすぐ気付く。フローリア義姉上は観察力が鋭くて、怪しい反応をすると延々と揺さぶられるんだ」
「す、すごい、ですね」
いつも笑顔を浮かべている顔が、明らかにドン引きして顔が引きつり始めた。
さすがに脅しすぎただろうかと思ったけれど、嘘は何一つ言っていない。
あの二人に散々矛盾を指摘され誤魔化しのボロを出すまで揺さぶられ続けた経験者としては、事前に忠告しておくに越したことは無いのだ。変にとばっちりを食らうのは遠慮したい。
父王はまだ子供に対して甘い所があるのか手加減してくれる時もあるけれど、長兄は敵に回ると一番容赦がない。普段優しく助けてくれる分、相対した時の恐怖感が他の家族の比ではない。完全に四面楚歌になってしまうからだ。
それに。
「研究所にはニクス兄上が居るしな……あの人に見つかったら城に通報されて即尋問だ」
根が道楽人の次兄は面白いと思った方に動く。
グラキエの味方をして長兄を出し抜くか、長兄に味方して説教を食らうグラキエを眺めるか――その選択を迫られれば、ほぼ確実にグラキエを売る。次兄は幼い頃から長兄を崇拝しており、グラキエに対しては説教で詰められる姿を見て楽しんでいる節もあるからだ。
研究所へ行くにしても、きちんと城下の住人に目撃させてから向かわなければならない。
「……すみません、本当に……」
「あれに関わっている人間は沢山いるから大丈夫だ。せっかくの機会だし、雪が本格的に降る前に見て回ろう」
「はい。ありがとうございます」
申し訳なさそうな顔の前に左手を差し出すと、少しぎこちないが微笑みを浮かべて右手を重ねてくる。そのまま手を引いて林を抜け、街の門をくぐった。
城側にある門の周りは住宅街だ。商いの店を持たない従業員、奉公人、城勤めの役人や官僚、研究所の研究員が多く住んでいる。
それを真っ直ぐ通り過ぎれば放射状に商店街が広がる。中央通りが小売商店、南側が職人の工房、北側が卸や飲食店が集まるエリアだ。飲食店以外は両側の商店街から中央の店先に品物が集まるので、メインストリートともいえる中央が賑わっている事が多い。
「活気がありますね。……あれは……?」
案内をしながら中央の商店街を歩いていると、きょろきょろと周りを見ていたラズリウ王子がぽつりと呟いた。店の全面に並んだ食料品が気になったらしい。そこは少し他と違っていて、生鮮品の類は一つもない。
「保存食の店だな。冬期 になると野菜や果物は殆ど採れなくなるし、狩猟も雪でやりづらくなるから、乾燥させて日保ちするようにした食品を作るんだ」
「なるほど……」
メインで並んでいるのは燻製や塩漬けをした肉、落ち葉と見紛う程カラカラに乾燥した野菜、ミイラのようになっている湖や川の魚。これからやってくる雪の季節に備えた食糧だ。
もちろん自分達で作る物もあるが数も種類も多くは作れないため、本業に関する物は自前で、そうでないものはこういった店で買う。他国では物珍しいらしく、よく外から来た商人が仕入れている姿も見かける。
その例に漏れず、異国の王子も熱心に陳列棚を観察していた。
「やはりネヴァルストにも無いのか?」
「少なくとも、見てきた範囲には」
やはり普通はそうだよなと、思わずグラキエも頷いた。新鮮な物を食べられるなら食べるだろう。
おまけにネヴァルストはアルブレアと違って一年中温暖だと聞くし、ここまで必死に食べ物を保存する必要もないのかもしれない。
どちらかというと彼の国の商人は保存より美味しく食べる方法の探求に熱心だ。気温が高いからか冷やす道具をよく仕入れている様に思う。アルブレアに来れば、嫌というほど寒さの体験が出来るのだが。
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