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14.救済院

 店主の商品説明を熱心に聞いている姿をぼんやり眺めていると、乾燥させたフルーツの詰め込まれた瓶が視界に入った。 生のフルーツに比べれば比較的保存は効くが、目立たない所に追いやられがちな果物の砂糖漬け。 「なあ。フルーツを二袋貰えるだろうか。色々混ざっているといいな」  話がひと段落した辺りで声をかけると、はいよと白い袋が渡された。中には夏にしか取れない果物がこれでもかと詰め込まれている。  代金を払って受け取った袋の一つをラズリウ王子に渡すと、ぱちぱちと瞬きをしながらグラキエを見た。 「あ、あの……」 「肉は食べる機会も多いから、フルーツだけな。こっちは後半になると競争率が上がるんだ」  そう言いつつ、袋から取り出したフルーツをひとつ口に含んだ。じわりと濃い甘味が広がっていく。  カヴェアの終わりに入ると決まってこの甘さが恋しくなる。最初は腹が膨れないと店によく売れ残っているが、皆同じ事を考えるらしく、毎年雪の暮れになると目に見えて店先の在庫が減っていくのだ。  恐る恐るといった様子で袋を受け取ったラズリウ王子は、少し困惑した様に袋を見つめている。一向に手をつけようとしない姿に、呼びかけて振り向いた口へ手持ちのひとかけらを放り込んだ。 「んむっ! あっ。甘い……」 「美味いだろ。保存するならシーナにやり方を聞くといい。一番適切な保存方法を教えてくれる」  グラキエは完全に与えられる側なので、この手の話は全く頭に残っていない。長兄が自身の育てているベリーやフルーツで大量に作っているのを分けて貰いに行くのが常だからだ。 「……ありがとう、ございます。美味しいです」  ふわりと花が咲く様にグラキエに微笑んで、ラズリウ王子は手に持ったフルーツの袋をゆっくりと開けた。      袋の中身をつまみながら商店街を抜けると、円形の広場に出た。  商店街はどこを通っても広場へ行き着く。広場から南へ行けば国境に接する森へ、西に行けば耕作地帯と山脈に続く森へ繋がる。いわば街の中心地点だ。  北側の丘陵地を通る坂の途中には金色の麦畑と、広場にある教会と同じ様な造りの建物が見える。 「この街には教会が二つあるのですか?」 「あれは救済院。確かに元々は教会だったらしいんだが、移築を機に改装して孤児の養護施設として使っているんだ」  坂を登って救済院の扉を開くと、中から料理の良い匂いが漂ってきた。五つほど置かれた四人がけのテーブルも殆ど埋まっていて、ふと時計を見ると昼時を指している。 「あっ、グラン王子! いらっしゃいま……えっ」  一番近くに居た二人組の子供が同時にぴたりと動きを止めた。その状態のまま、少し後ろに立っているラズリウ王子をじっと見つめている。  ……嫌な予感がする。  そう思ったその時だ。   「か、カノジョ連れてる――――ッッ!!」    予想通り波が広がるようにわぁわぁと騒ぎ始めた子供達の声が、食堂の視線を全て呼び寄せてしまった。ちらりと見た顔は少し戸惑っているように見える。 「違う! ネヴァルストの王子だ、男だ男!」 「おうじ……? あっ、じゃあグラン王子のお嫁さんになる人だ!」 「なっ、あっこらっ!」  無邪気な顔をした小悪魔達がラズリウ王子をざっと取り囲んでしまった。振り払う訳にもいかないらしく、困惑した顔でグラキエに視線を向けてくる。  無礼は既にグラキエがはたらいているとはいえ、あまり積み上げるのはマズい。王族相手なら気を遣う手合いでも、平民相手だと豹変する奴だっている。目の前の王子はそういう性格ではなさそうだが……彼の祖国がどうかは分からない。   何とか黙らせないとと口を開きかけると、テーブルに座っていた初老の二人組が振り返った。   「あんまり囃し立てるんじゃないぞ。お嫁さんになっても良いか、グラン王子がテストされてるんだからな」 「それだけ騒いで合格できなかったら可哀想だろ。そっと見守ってやれ」  明らかにからかうような口調だが、子供達の動きははたと止まる。 「そっか……グラン王子、頑張ってね……」  どこか気遣わしげな顔をして、口々に頑張れと言いながら子供達が奥へ引っ込んでいく。  誰だ、どさくさに紛れて元気出せよと言った奴は。不合格前提じゃないか。 「…………物凄く癪だな」  手がつけられない程に元気な群れが去って、確かに助けられたけれど。素直に感謝出来ないのは何故だろう。   複雑な気分で立っていると、まぁ座りなさんなと目の前の二人から声をかけられた。 「普段の行いってやつですよ。街中でご令嬢を怒らせるから」 「否が応でも不合格の瞬間が見えちまいますからな」  ……それを言われるとぐうの音も出ない。    座りつつむくれるグラキエに苦笑しながら酒瓶を持つ二人の手には傷のようなものが沢山ある。確か名人だと評判の狩人だったはずだが、そんな二人が昼間からのんびりしているのなら狩猟も山場を超えたのだろうか。  そんな事をぼんやり考えていると、さっさと料理が目の前に運ばれてきた。 「あ、あの……まだ注文はしていませんよね……?」  オーダーミスだと思ったのか、ラズリウ王子は小声で尋ねてくる。確かに、この食堂を知らなければ間違えたのかと思うかもしれない。 「メニューが一つしかないから、座ったらオーダーの合図なんだ。悩まなくて済むだろ?」  グラキエの言葉にぱちぱちと少し瞬きをした後、ようやく合点がいったのか「なるほど」と呟きながら何度も頷く。アルブレアでは利用の有無は別として大体の民が仕組みは知っているから、この反応は新鮮だ。  外へ出ずに居るようだから興味がないのかと思っていたが、そういう訳ではなさそうだ。やはり遠慮していたのかと思いつつ眺めていると。   「凄い、クリアした!」 「前はメニューは選ぶものでしょって怒られてたもんね! すごいすごい」  引っ込んだはずの小悪魔たちが、すぐ後ろにあるテーブルの下から顔を出していた。 「こらそこ! 余計な事言うな!」  グラキエの過去のやらかしをネタに騒ぐだけ騒いで、けらけらと笑いながら散開していく。  しかし、そういえばそうだった。メニューを選ぶ時間も楽しみの一つだという考えもあるのだ。それが理解できずにどちらが効率的か議論しようとして、効率の問題ではないのだと真顔で延々と諭されたのを思い出した。 「……すまない、料理を選べる方がよかっただろうか」  自分と相手の意向を擦り合わせる必要性を説かれて、理解はしたのだけれど。それだけなのである。思えばラズリウ王子に今日ここに来るまで、何がしたいどうしたいと聞いた記憶が一回もない。  これはやってしまったと悟ったグラキエは、戦々恐々としながら向かい側の様子を伺う。 「ネヴァルストには無い仕組みなので新鮮です。料理の配膳がかなり早かったように思うのですが、どのように準備を?」  想定にない相手の食い付き方に、えっ、と言葉をこぼすのが精一杯だった。 「さ、さあ……? ちょうどいい、シル。説明」 「えっ!? えーと」  空いたテーブルを拭きに来たのか、手近な所にいた子供を捕まえる。ここは詳しい人間に任せるのが良い。シルは救済院の中でも中堅くらいの年齢で、フロアとイタズラを仕切るリーダー格の一人なのだ。  急な質問責めに遭ってしどろもどろになる子供に心の中で詫びつつ、料理が冷えてしまう前にとさっさと食べ切ったのだった。      救済院で食事を取った後、登ってきた道の続きを行く。  広場と反対側にいけば救済院が管理する農場が広がっていて、その丘の麓にはいつもの研究所。その前を通って、商店街の手前で道が大通りに合流する。 「あれは研究所ですか? こうして見ると大きいですね」 「ああ。いつもの棟は一番手前だな」  眼下の景色を興味深そうに眺める横顔に、こんな景色でも新鮮に映るものなのだなと感心してしまった。何年も通っていると当たり前になっているのもあるだろうけれど。 「研究所の手前の四角い建物は、何なんでしょうか」 「図書館だな」 「図書館!?」 「ネヴァルストにはないのか?」  あまりの勢いで振り向くものだから少したじろいでしまった。やけに驚くなと思いつつ尋ねると、ラズリウ王子はふるふると首を軽く横に振る。 「王宮にはありますが、街中にはありません。アルブレアは民も気軽に利用出来るのですね」 「そうなのか……不便だな」  本を読むのにいちいち城まで出向かなければならないのは、地味に手間がかかりそうだ。研究所の隣にあっても文献を探しに行くのは面倒なのに。ネヴァルストの城は街中にあるのだろうか。  だとすれば逆に出かけやすくて便利そうである。アルブレア城を移築することがあれば提案してみようと思いつつ、丘を下っていった。

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