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21.認識

 グラキエ王子に改めて礼を言って店を出、耳を撫でる白い羽毛の優しい感触に少し浮き足立ちながら歩いていた。 「ありがとう。俺の顔を立ててくれて」 「えっ」  不意にかけられた言葉に思わず固まる。  店主はああ言っていたけれど、この物言いはあえて選んだ事に気付いている。おまけに振り向いた顔は少し申し訳なさそうな表情を浮かべていて。 「いえ、あの……そうではなくて……あの」  図らずして、先程の行動は失敗だったのだと分かってしまった。  逆に気を遣わせてしまっている。どうしよう。こんな時はどう言えば良いんだろう。    これが一番暖かそうだったから。  コートが白いから似合うと思って。    ……我ながらどれも白々しく思える。最適解とは思えない。けれど混乱する頭にはそれ以上の言葉が思い付かない。 「ごめんな」  ちがう。そうじゃない。  そんな顔をさせたかったんじゃない。やっぱりそうだよなって喜んで欲しかっただけだったのに。 「ぐ、グラキエ王子、が、選んでくれたからっ」  何も言えずにいる内に歩き始めてしまった背中に慌てて、反射的に上着を掴む。 「目の前で誰かに選んでもらうなんて、なくて。その……嬉しくて……嬉しかったから、これがいいって、おもって……」  もう何を言っているのかがよく分からない。何か言わなければと焦った口が、思考を通さずにたどたどしく言葉を絞り出す。  結果は同じだけど、動機は違う。グラキエ王子の認識は自分のものと違うのだという事だけでも分かってほしい。  貴方が選んだものがいいと、自分も同じく思ったのだと。  グラキエ王子は「そうか」と呟いただけだった。細められた瞳は少し嬉しそうに見えたけれど、喜ぶ時の満面の笑顔を知っているだけに確信は持てない。  伝える言葉を減らしてしまったせいで、きちんと感謝が伝わったのか分からなくなってしまった。選ぶ時に理由を述べるべきだったのに。  しょんぼりした気分に沈みながら、手を引いてくれるグラキエ王子の少し後ろを歩く。  せっかく気遣ってくれていたのに、嫌な気持ちにさせてしまっただろうか。そんな事ばかり考えていると、気付けば周囲の景色が街中から研究所の中に変わっていた。    前回無遠慮にグラキエ王子の作業を止めてしまった反省を生かして、研究所では大人しく教本を読むことにした。質問攻めにする前に、基本的な事くらいは知っておけば無駄が省けるだろうから。  テーブルに集まる研究員達を少し離れた所で見ていると、楽しそうな笑い声が聞こえてくる。 「そういやグラン王子、今年はいよいよ逃げられませんねぇ」  急に視線を向けてきた研究員と目があってしまった。話の内容にはあまり意識がいっていなかったから内容が分からない。とはいえ視線を逸らすことも出来ず、小首を傾げるくらいがやっとだ。  するとニヤニヤした表情で、その研究員が近付いてくる。 「もうすぐ極夜祭があるんすよ」 「きょくや、さい……?」    研究員曰く、冬期(カヴェア)の初めに数日だけ陽が上らない期間があるのだそうだ。  その時期に催される祭りが、冬の訪れを歓迎し次の夏期(ディルクロ)までの安息を願う極夜祭。  その後に各都市の領地へ散らばっていく貴族を送り出すため、壮行会を兼ねた社交納めの舞踏会をするのだという。  流暢に説明をしてくれた研究員はニシシと笑いながらグラキエ王子に視線を向けた。 「グラン王子、毎回逃げ回ってましたもんねぇ」  見たことは当然無いが、その姿は簡単に想像できる。ラズリウ達がやってきた時の如く王城が大騒ぎになる所まで一緒に。  明らかにからかうような声音に、グラキエ王子はむっとした顔で腕を組んだ。 「夜会がどれだけ退屈か知らないからそう言うんだ。嫌味までチクチク言われるんだぞ」 「嫌味はグラン王子の身から出た錆では。舞踏会って華やかで楽しそうじゃないすか」  ねぇ、と研究員から同意を求められたが曖昧に笑う程度しか出来なかった。実際を見ていないので何とも言えない。  確かに幼い頃は年の近い兄弟や貴族と飲食をしたり、とりとめのない話に花を咲かせて楽しかった記憶がある。けれど離宮に移ってからは夜会に顔を出していない。  成人する前後の夜会がどんなものなのか、ラズリウには全く分からないのだ。  グラキエ王子からも退屈だよなと同意を促す質問が投げ掛けられてしまって、いよいよ答えに窮した。  素直に言うのが一番なのだろうけれど、どうにも離宮の話を研究員達にもする気にはなれない。 「……僕は下の方なので、あまり王族らしさは求められなかったですね」  少し心苦しいが、真っ赤な嘘は言っていない。  上の方の兄姉は幼い頃から貴族の相手をしていたと思う。けれど下の方の弟妹はその辺の子供と対して扱いは変わらなかった……はず。 「ラズリウ王子の所は寛容だな」  はぁーっと目の前の王子は溜め息をついた。  ネヴァルストは代々王室に兄弟姉妹が多く、継承争いでごたついたという歴史も多い。そのため後継者としての教育は第一王子と第二王子まで。第一王女ですら基本的な貴族教育しかなされない。  なので寛容というよりは、期待をされていないという方が正しいと思うけれど。  そんな事情を知る由もない彼らは、やはりアルブレアはお堅いのだろういう話に花を咲かせていた。  こればかりはこの国を出なければ分からないのだから仕方がない。ラズリウとてグラキエ王子との話が来なければ、きっと何も知らないままだったのだから。  次第に夜会がいかに退屈かというグラキエ王子の主張が始まり、教育係のテネスがいかに口うるさいかという演説に発展した。けれど聴衆の研究員達は苦笑気味だ。 「そもそもグラン王子が何かにつけて脱走するから、テネス様が般若みたいな顔で大捜索するんすよ」 「そうそう。王子様付きの執事は主の捜索なんかしないんですよ普通」  どうやらラズリウ達が到着した頃のような騒ぎは比較的日常的な騒動らしい。  どうりで教育係が騎士団を動かしもするし、臣下が当たり前の様に簀巻きにした王族を雑に担いで連行するようになるはずである。 「俺らも脱走を見て見ぬふりしてたけど、もう王子も成人だしな」 「婚約者候補まで連れてきてちゃ、テネス様の血眼ぶりも拍車かかりそう」  どうやら何かあるとまず逃げ込む先がこの研究所らしい。真っ先にテネスが目星をつけて駆け込んでくるが、研究員達は王子をかくまい、悪友のごとく逃亡を手助けをしていた……と。  テネスが相手にしているのは逃亡するグラキエ王子本人だけではなかったようだ。  教育係も大変だなとボンヤリ話を聞いていると、研究員達は同時にちらりとラズリウを見た。更に同じタイミングで仲良く改めて腕を組む。 「夜会にパートナー置いて逃亡する王子とか、かくまったら今度こそ投獄されそう」 「しかもそのまま延々テネス様に怒られ続けるやつだ」 「牢屋で説教とか嫌すぎ」  投獄された後に受ける処遇の想定がかなり甘い気がするけれど、恐らくそれだけ平和なのだろう。  ひとしきりボソボソと相談する様子を見せる彼らは最後に笑いあった後、またしても同じタイミングで大きく頷いた。 「つーことで。今年は見逃がしてあげませんからね、グラン王子」 「俺らに捕縛されても恨むなよな」  長年の協力者達は方針転換をしたらしい。  寝返り宣告を受けたグラキエ王子は、ふんと鼻をならして腕を組んだ。ちらりと視線がラズリウの方へ向けられる。 「今後逃げるなら単独では逃げない」 「いや、ラズ王子巻き込んじゃだめでしょ」  研究員の言葉に、いまいちピンとこなかった部分が繋がった。なるほど、逃亡の共犯にされようとしているらしい。  これは先制を取らねばならないだろう。  「アルブレアの舞踏会がどんなものなのか、楽しみです」  小首を傾げてにこりと微笑むと、あー……と小さな声が聞こえた。  グラキエ王子だけに好かれてもダメなのだ。婚約を正式にするためには、他の人間にも認められなければならない。  申し訳ないがここは乗れない。けれどあまりにも嫌そうなら途中で抜けてしまえばいい。王子だけでは難しくても、異国の人間である自分なら言い訳できる事が沢山あるはずだから。  彼の困り事を解決すれば、先程の失敗も取り戻せるかもしれないし。  当てが外れたせいか難しい顔を浮かべるグラキエ王子に苦笑しながら、どうやって夜会を抜け出すタイミングを作ろうか算段を始めるラズリウだった。

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