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22.頼る先

「お帰り、二人とも。少し良いかな」    城に戻ると、長兄が待っていた。  わざわざ帰城を待ち構えていた辺り、どうにもグラキエにとって嬉しい話ではなさそうである。そう今までの経験が告げる中、探るように言葉を返す。 「リスタル兄上……何でしょうか」 「極夜祭の話なんだけれどね。ラズリウ王子にまだ説明をしていなかったなと思って」  ちょうど研究所で話題になったばかりだというのに、あまりにも図ったようなタイミングだ。もはや笑うしかない。 「あ……ええと、今日研究所でちょうどその話になりまして」 「おや、では舞踏会の話も聞いたかな?」 「はい」  素直に頷くラズリウ王子に、それは話が早いと長兄は微笑んだ。 「極夜祭の舞踏会には、ぜひ婚約者としてラズリウ殿下にもご参加頂きたいのだけれど、構わないかな」  「兄上。お試し期間の相手に何を要求しているんですか」  舞踏会の場に参加させたりしたら、事情を知らない周囲はほぼ確実にグラキエの婚約者だと認識してしまう。まだ正式な婚約者ではないのに、だ。    お試し期間終了後に逃げられないよう、敢えてそう頼んでいるのだろうけれど。さすがにそれは姑息なのではないだろうか。企みが見え見えだとはいえ、王太子にそんな事を頼まれて断る事が出来る人間がどれだけ居るというのか。 「承知しました」 「いやいやいやいや。無理しなくていいから」  案の定、真面目な顔で承諾しようとするラズリウ王子を慌てて止める。するとキョトンとした表情が返ってきた。  まさか気が付いていないのだろうか。王太子の顔がこの上なく胡散臭い笑顔を浮かべているのに。 「王都から離れる方の壮行会も兼ねているのでしょう? 冬の間会えない方々なら、大切な行事ではないですか」 「うぐ……」  退屈だからと今まで散々逃げ回っていた人間には耳が痛い。返す言葉もなくラズリウ王子を見ていると、長兄がくすくすと笑い始めた。 「さすがはラズリウ殿下。我が弟にも見習ってほしいものだよ。衣装を準備するから、どこかで一日採寸の日を貰えるかな」 「はい」 「仕立て屋の調整が済んだら声をかけさせてもらうね」 「かしこまりました」  いつの間にか胡散臭い笑顔を引っ込めていた兄は、朗らかな顔で颯爽と立ち去って行った。  どうにも、ラズリウ王子は事の重大さを分かっていないのではないだろうか。異国の舞踏会を祭りか何かの様に思っていないだろうか。 「大丈夫なのか? 舞踏会なんかに出たら、簡単には婚約話から逃げられなくなるぞ」 「逃げたりしませんよ」  間髪入れない返事と、にこりと笑う顔。  確かに他国から婚約者候補としてやって来るのなら、それ相応の覚悟はした上なのかもしれない。もしかして無礼な質問だったのだろうか。  とはいえ、懸念はそれだけじゃない。 「ダンスもあるんだぞ」 「大陸共通のダンスなら幼い頃に習いました。勿論、思い出すのに練習は必要だとは思いますが」 「女性役だが」 「えっ?」  案の定、気付いていなかったらしい。笑顔がぴしりと固まる。 「婚約者が踊るのは女性パートだ。ラズリウ王子、女性役の経験は?」 「そっ……それ、は」  口ごもる様子からして経験は無いのだろう。それはそうだ、普通王子なら男性パートを練習するだろうから。  ……他国の王子の元に婚約者候補としての絵姿を送るのなら、交合ではなくダンスを教えてやればよかったのに。  少し前に感じた彼の祖国への憤りが少しだけ沸き上がってきたけれど、普段澄ました顔がおろおろとしている様子に毒気が抜けた。  自分も社交の場から逃げ回っていたせいでダンスの場数は殆ど踏んでいない。いっそ出来ない者同士で丁度いいのかもしれないと思い直して。 「……ラズリウ王子。良かったら」   「あっ! スルトフェン、丁度いい所に!」    一緒に練習しないか。    そう言いかけたグラキエの後ろに視線を向けてパッと顔を輝かせたラズリウ王子は、声をかけた相手の方へぱたぱたと走っていった。  祖国から連れてきた従者に何やら話している。段々その従者が変な顔をし始めて。 「はぁ!? ダンスって何で俺が……んんっ。練習はパートナーとされるものなのでは?」  グラキエに気付いて声と顔を取り繕うが、残念ながらがっつりと素の顔を見てしまった後だ。恐らく普段からそうなのだろう。ラズリウ王子は特に気にする様子もない。 「パート練習は別々でも普通にやるよ。ねぇ、お願い」  確かにパート別に練習をして、少し前に合わせる練習をするのが一般的だ。  けれど、ラズリウ王子はいつもグラキエと一緒に行動している。わざわざ別々で練習する理由は特に見当たらない。  ラズリウ王子がぼそぼそと何かを囁くと、はぁーっと大きなスルトフェンの溜め息が聞こえた。 「ったく、分かったよ。めんどくせぇ奴だな」 「ありがとう、スール」  取り繕ったばかりの外面も何処へやら。がしがしと馴れ馴れしく主の頭を撫でて、スルトフェンは立ち去っていった。  ――何だろう。鳩尾の辺りに鈍い重みがある。  グラキエとの練習を避けるような様子だったからだろうか、何もかもが目につく。  やけに距離の近かった二人の会話も、親しげな雰囲気も。グラキエに向けるものとは違う、肩の力が抜けたような微笑みも。 スルトフェンの方が付き合いが長いのだから、親しそうにしていてもおかしくはないのに。  もやもやする、と言うのだろうか。そんな違和感。あまりにも馴染みの無い感覚に首を傾げていると、ぱたぱたとラズリウ王子がこちらに戻ってきた。 「女性パート、頑張りますね」 「……ほどほどにな」 「はい」  向けられたのは大人しい、控えめな微笑み。さっきの親しげな笑顔とは違う。  そんな事ばかり考えてしまって、かける言葉が見つけられない。結局そのまま無言で部屋に送り届けたのだった。  ダンスの練習をし始めたラズリウ王子は、すぐに研究所に来なくなった。それが何日も続いたからか、周囲がちらちらとグラキエに視線を寄越すようになってきて……少し居心地が悪い。 「グラン王子ー。ラズ王子また体調悪いんすか?」 「いいや?」  今日もまたいつものメンバーがやってくる。  けれど普段より少し心配そうな表情をしていた。  何だかんだで彼らもラズリウ王子と仲良くなっていたらしい。ヒート期間に当たって来なくなった時も、彼らがこっそりと研究所の本を持ち出してグラキエに預けたくらいには。 「えー、じゃあ何で全然来ないんすか。喧嘩?」 「違う」  首を横に振ると、研究員達はちらりと互いに目配せをする。 「もしかして、ついにフラれたとか」 「もう落第? いつの間に」 「せっかく仲良さそうだったのに、何やらかしたんすかグラン王子ー!」  ……どいつもこいつも、すぐそういう発想に行き着く。  確かにあれやこれやとやらかした前科はあるが、それは顔を合わせた即日にあった事である。ラズリウ王子はそのパターンに入らないというのに、研究員ともあろうものが。   「ち、が、う! ダンスの練習をしてるんだ!」 「ダンス? ダンスって舞踏会の?」 「そうだ」  それ以外に何があるというんだ。  少し苛々としながら答えると、今度はきょとんと目を丸くする。 「それって王子と踊るんじゃないんすか」 「俺と踊るが?」 「何で王子がここに居るんすか。練習相手にならなくていいんすか」 「………………」  ごもっともな問いに、上手く言葉が出なかった。  黙り込むグラキエの様子を見て、あー、と気遣わしげな声が方々から流れてくる。 「拒否られたんだ……可哀想に……」  本当に、どいつもこいつも。 「従者が居るんだよ。国から連れてきた奴と練習してるんだ」 「え、従者? いつもグラン王子と一緒なのに何でそっち?」  それは自分が聞きたい。  グラキエはそう心の中で呟いて腕を組んだ。スルトフェンを見るなり、話の途中でそちらに駆け寄ったのだ。雰囲気からしてまだ失言前だったのである。理由なんて分かる訳がない。  憮然とするグラキエに、いつもの研究員達は顔を見合わせた。何やらアイコンタクトを取りながら首を縦に振ったり横に振ったり、斜めに傾げたり。  しばらくそうしていたと思うと、一人がやけに神妙な顔で口を開く。 「……ラズ王子って南の国の人なんだよな。こんな北の端までついてくる従者とか、実は秘密の恋人だったりして」    恋人。  その言葉に少しぎくりとした。    スルトフェンを真っ先に頼ったこと。誰よりも親しげに話していること。スルトフェンに向ける微笑みだけが少し違うこと。  だとすれば、それらの説明もつく。特別な相手になら、特別な態度を取ってもおかしくはない。 「あ、いや、冗談……冗談ですからね……?」  グラキエが黙り込んでしまったからか、煽った張本人が気遣わしげな声をかけてくる。けれど正直それどころではない。  この婚約話はグラキエの指名だ。そしてそれを受けたのはネヴァルスト王であると聞いている。  つまるところ、当事者のラズリウ王子に拒否権は無いという事だ。  ならば、自分があの二人を引き裂こうとしているのだろうか。何かにつけてラズリウ王子を連れ出して、知らなかったとはいえ彼らの邪魔をしてしまったのだろうか。  ぐるぐるとそんな考えが浮かんでは消えて、段々気分が落ち込んでいくグラキエだった。

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