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24.すれ違い

 あっという間に会場を出ていったラズリウ王子を追って、廊下を早足で歩いていた。  ダンスのステップはしっかりとしていたけれど、終わった後の顔が少し赤かったように感じた。もしかしたら体調が良くないのではないだろうか。  ……ヒートを起こしていなければ、いいのだけれど。  ザワザワする気持ちに急かされながら、キョロキョロと廊下を見回しながら走り去った背中を探す。ふと目的の背中をバルコニーの奥に見つけて、近くの扉から外に出て。  少しだけ近付いたところでギクリと足を止めた。    そこに居たのはラズリウ王子と……従者のスルトフェン。  二人は寒空の下で寄り添いながら立っている。おまけにスルトフェンの手は愛おしそうに、もたれかかるラズリウ王子の頭を撫でていた。    ――実は秘密の恋人だったりして。  いつぞやの軽口を思い出して、それ以上は進めなかった。ゆっくりと音を立てないように後退り、そっと廊下に戻る。 「はは……」  やはり、やってしまっていた。  知らなかったとはいえ二人の邪魔をしていたのだ。部屋にこもっていたのもスルトフェンと居たかったからなのかもしれない。なのに我が物顔でいつも連れ回して。  重たい足を引きずりながらくるりと方向を変えて、何とか歩き出す。 「……父上に感謝しなければ」  まだお試し期間で助かった。今ならまだ間に合う。  国と国のやり取りである以上、体裁は保たなければいけないけれど。  冬の間だけやり過ごして婚約話を無かった事にすればいい。離宮に戻るのが嫌なら、あるいは祖国では二人添うことが認められないのなら、何か理由をつけて引き止めた形にすればいい。  償いの代わりと言ってはなんだが、スルトフェンと共に居られるように力を尽くそう。  我が儘を通すのはグラキエの得意分野なのだから。  歩きながら無理やり思考をまとめたグラキエは微笑みを作ってフロアに舞い戻った。つんとする目の奥の違和感には気付かなかったことにして。  会場に戻ると、またしても人に囲まれた。  ダンスを踊るラズリウ王子に興味が引かれたらしい。どういう人物なのか何を好むのかと様々な口が問うてくる。  しばらく飲み物を口にしつつ周囲からの探りや小言を聞き流していると、こそこそとラズリウ王子が戻ってくるのが見えた。あまりにも周囲を伺いながら入るものだから、逆に目立ってしまっているけれど。  パタパタと近付いてきたラズリウ王子の頬はまだ少し赤い。瞳も少し潤んでいるように見える。 「急にどうしたんだ?」  束の間のひとときを過ごしてきたのだろうか。先程の光景を思い出しながら問うと、もじもじと恥じらう様な表情がグラキエを見る。 「少し、その、疲れてしまって。バルコニーで休んでいました」  スルトフェンと居たとは言わないのか。  柄にもなくそんな事を考えながら、じっと琥珀色の瞳を見つめる。薄く化粧が彩った顔は本当に女性のようだ。この顔を、あの暗いバルコニーでスルトフェンはきちんと見ることが出来たのだろうか。  ネヴァルストでは騎士団に居たとはいえ、アルブレアでの経歴が無い彼は要人の警備にまだ就けない。何か理由をつけてこの場に呼んでやるべきだったかもしれない。    すっかり思考に耽ってぼんやりとしていたらしい。グラキエ王子?と目の前の顔が心配そうに覗き込んでくる。 「……休まなければならない程なのに、一人で動き回るのは良くない。誰もいない所で体調が悪化したら事だろう?」 「あ……はい、申し訳ございません」  グラキエが咄嗟に吐き出した言葉で更に顔を赤くして俯くラズリウ王子。それを見ていた周囲が、さすがにその言い方はないだろうと更に小言を吐き出し始めた。  そうは言うが間違った事なんて言っていない。  ラズリウ王子の嘘が本当だったなら、どこかで倒れてしまっては大変なのだ。更にΩ特有の症状ならαの多いこの城では危険度が増す。それも考えると、誰かに断って別室で休むべきだった。  無論、そんな心配は無用なのだが。 「部屋に戻るか?」 「いえ、大丈夫です。少し慣れてきたので……」  戸惑いがちに微笑む王子は、グラキエの左腕に自身の腕を絡めて寄り添った。  その後も何度か部屋へ戻るか尋ねてみたが、首を縦に振る事は無く。きっちり最後までダンスをこなしてグラキエの婚約者として振る舞い、舞踏会を終えた。  完全に場がお開きとなり、部屋にラズリウ王子を送り届けた後。 「父上、母上。少しご相談が」 「夜分に非常識なことだな、愚息よ」 「申し訳ございません」  装いを戻すこともなく、グラキエは両親の部屋に直行していた。同じく戻ったばかりであったらしい二人は呆れながらも部屋に通してくれる。  この城で最も大きな私室。両親の本棚や機材の詰まった棚がぎっしり並んではいるが、細かいものは完全に収納されてスッキリとしている。そんな部屋の中央に置かれたソファを示され、腰を下ろした。 「スルトフェンをラズリウ王子の護衛につけて頂きたいのです」  話が始まって早々に本題を切り出す。しかし何事かと身構えた様子の両親は、はあっと揃って溜め息をついた。 「それは今日話さねばならぬことですか」 「少しでも早い方が良いのです。新しいドームの有人観測が始まるので」  そう言うや否や、しんと部屋に沈黙が落ちた。  新しいドームを作ったからといってすぐに使える訳ではない。夏の間に作ったドームが冬の雪に耐えられるのかを検証し、人が移住しても問題ないかを確認する必要がある。  そのために雪の季節に入ると機器を使ったデータ収集を経て、想定した数値通りならドーム内環境を人間が確認する有人観測が始まる。   「今回も参加するのか」 「はい」  ぽつりと呟く父に対し、グラキエはすぐに頷いた。  有人観測は何人もの研究員が部隊を組んで交代で行う。その部隊には研究員として所属しているグラキエも含まれているのだ。  観測塔という施設に泊まり込む有人観測の間は城に戻ることが出来ない。今のラズリウ王子ならば街を一人歩いても問題なさそうだが、流石に何日も単独行動させるのは宜しくないだろう。 「ラズリウ王子も居らっしゃるのよ。今回は見送っても宜しいのではなくて?」 「途中で投げる訳にはいきません」 「……まったく……貴方という子は」  母は呆れた声で天を仰いだ。  元々有人観測への参加に渋い顔をしていたから、さすがに今回は諦めるものだと期待していたのかもしれない。残念ながらそんなつもりは毛頭もなかったのだけれど。 「自由に街の中を歩けるように身の軽い護衛が必要です。街に慣れて貰うためにも、早い段階でスルトフェンをお貸しいただきたい」  本来なら、王族の護衛にはアルブレア騎士団から誰か出すべきなのだろう。けれどそれではラズリウ王子が遠慮してしまう。  ネヴァルストからの従者であるスルトフェンならば、ラズリウ王子だって気兼ねせずに行動できるだろう。祖国で騎士団に所属し、アルブレアでも騎士修行をしている彼ならば護衛として申し分もない。  珍しく自分の我が儘以外で頼み事などしたからだろうか。父はしげしげとグラキエを見つめ、小さく頷いた。 「うむ……わかった」 「あなた」 「致し方あるまい。ドームの拡張事業は国民の期待も大きい。有人観測の重要性は君も理解しているだろう」 「それは、そうですが」  かつて、ドームはいくつも作られた。  けれどろくに検査も観測もせず使用されたものは崩れて街を雪に沈め、機器観測のみで移住を決めた街は観測範囲外の著しい低温で住民が蝋人形のようになった。  数値と体感の大きな解離を防ぐべく行われるようになったのが、観測塔を拠点とした有人観測による生活環境調査だ。 「スルトフェンの配置変更は明日朝の内に伝えておこう」 「ありがとうございます父上、母上」  両親に深く頭を下げ、寝る前の挨拶をして部屋から退出した。ふう、と小さく息をつく。    上手く行ってよかった。これで自分が居なくてもラズリウ王子が不便を感じることはない。むしろ想う相手と堂々と居られて願ったり叶ったりだ。  緊張したのか、少し息苦しさを感じる。  深く呼吸を繰り返しながら部屋に戻り、衣装を脱ぎ捨てる。口うるさい教育係の説教を聞き流しながらベッドに潜り、すぐに寝付いたのだった。

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