33 / 52

33.希望を灯す魔法

「おい。今日も行くのかよ」  城門を潜ったラズリウをスルトフェンの呆れた声が呼び止めた。無言で一つ頷くと、今度こそ呆れた表情を浮かべた顔がハアッと息を吐く。 「研究所なんて行っても出来ることねぇだろ。むしろ邪魔してんじゃねーか」  しばらくグラキエ王子の部屋に籠った後、ラズリウは朝から晩まで研究所に入り浸るようになっていた。毎日毎日、決まった時間に遅れる事なく。  そんなラズリウをどう扱っていいのか、研究員達は持て余している。何とかしてくれとスルトフェンが耳打ちされているのも知っている。  それでもなお、しつこく通い続けていた。 「グラキエ王子が一番最初に連絡するのは研究所だから……魔法の指南書もあるし」  また声が聞きたい。機械越しでもいいから。  それに、上手く魔法を身につけられれば迎えに行けるかもしれない。形は違うけれど、昔憧れた騎士のように大切なものを守る存在になれるかもしれない。  Ωだから何も出来ないなんて思いたくない。どうしても諦められないのだ。    今日も研究所は慌ただしい雰囲気に包まれていた。動き回る研究員達を横目に階段を登り、二階の魔法書が置かれている棚を目指す。 「おはようございます。本日も時間通りですね」  穏やかな声に振り向くと、ショートカットの女性がカウンターの向こうから微笑みかけてきていた。  このフロアにある書籍を管轄している司書の一人だ。毎日通い詰めるものだから、さすがに顔を覚えられたらしい。 「本日も魔法書をお探しですか?」 「えっ……はい」  何もかも把握されていて驚いた。司書と話したのは魔法書の書架が何処にあるかを最初に尋ねた程度、それも別人相手だったのに。 「よかった。入門書を閲覧されているご様子でしたので、良さそうなものを集めてみました」  そう言って差し出されたのは教本のようなものが五冊。子供向けのものを読み直しているラズリウにとって優しそうなものは二冊ほど。残り三冊は魔法言語の割合が徐々に増えていくように本が選択されている。  毎回読みやすそうなものを手当たり次第に探している事を考えると、とても有難い提案だった。 「ありがとうございます」  司書に深々と礼をして、フロアにあるテーブルのいつもの席へ移動した。    最初の二冊はあっという間に読み終えた。三冊目は昼を挟んで読みきった。四冊目の最後に差し掛かろうとしていると、ふと隣に人が立つ気配がした。  少し背が高い子供だ。魔法技術フロアでは見たことがないから、魔法学フロアの研究員だろうか。  アルブレアは子供も当たり前の様に研究員として大人に混ざっている。魔法技術フロアだけでも数人居て、もう驚かなくなってきた。 「……あの……」  けれど目の前の子供は黙ったまま、じっとラズリウを見ている。声をかけると分厚い冊子が差し出された。  辞書のようなものだろうけれど、箔押しのタイトルは魔法言語で書かれていて内容が分からない。 「その本、最後は辞書があった方がいい。お古だけどあげる」  それだけをポツリと言って、その子はくるりと背中を向けて階段を降りていった。  沢山引いたのか、色々な人が使ってきたのか、少し端がくたびれて年季を感じる本。そっと表紙を撫でて、中を開いた。  借りた辞書のお陰で四冊目も読破し、五冊目ともなると実践的な内容になっていた。  意識を手に集中させて、火を操る兄弟の姿を思い浮かべる。三番目の兄の魔法はとても大きくて強かった。そんな風になれたら、雪だってきっとすぐに溶かせる。  そうイメージをするけれど現実はそうも上手くいかないもので。手の平に溢れるのは火ではなく、きらきらとした粉のような光。 「……火の粉ですらない……」  行事の時にでも撒けば綺麗かもしれない。けれど今欲しい力はこれではない。楽しませる力ではなくて、守る力が欲しいのに。  理想とのあまりの乖離に思わず肩を落とした、その時だ。 「ラズリウ殿下は光属性なのですね」  泣きそうになっていた所に声がかかって、思った以上の勢いで飛び上がってしまった。    バサバサと音を立てて落ちていく本。それを拾い上げたのは、アルブレアの第二王子とその婚約者。  「ニクス殿下……ベルマリー様……」  差し出された本を受け取り、ぺこりと頭を下げた。二人は今日も変わらず、にこにこと人懐っこく微笑んでいる。  ……グラキエ王子が居ないのに。  ざらりと腹の中を撫でていく違和感に、思わず両手を握りしめた。 「光属性の魔法は初めて見ました。綺麗ですわね」  そんなラズリウの様子には気付く素振りもなく、ベルマリー嬢はきらきらとした瞳を向けてくる。言われた意味が良く分からない。  属性、とは。 「光……属性……?」 「魔力属性の判定はしなかったのですか?」 「ネヴァルストのΩには必要がないので……」  理解の出来ない単語に混乱したラズリウは思わずそう口にしていた。嘘ではないが、正直なところ言い訳である。  諦めたくないと頭は考えているのに、すぐにΩだからと言葉を並べる。魔法の言葉は呪いの言葉になってすぐに顔を出してくるのだ。 「まぁもったいない、光は希少な原初魔法ですのに! 火属性は太陽の原初魔法である光属性から枝分かれしたといわれています。ネヴァルストが太陽の国と呼ばれているのは、古の王家が光属性の使い手を多く輩出したからだという説もありますのよ。きっとラズリウ殿下は御先祖様の血が強く出」 「ベル。程々にしないと、ラズリウ殿下が怯えているよ」  降りようとしていた沈黙を怒濤の早口ではね除けたベルマリー嬢を、ニクス王子は苦笑しながら押し戻す。  突然だったとはいえ完全に勢いに飲まれた。おっかなびっくり二人の様子を見ていたラズリウの前には、ニッコリと微笑んだ顔がやってくる。 「入門書を読んでいるということは、必要になったということでしょうか」 「……火の魔法なら……雪の対策になるかと思ったのですが……」  個人に得意な属性があるなんて思いもしなかった。同じ父を持つ兄弟が当たり前のように使っていたから、てっきり自分も使えるものだと思っていたのに。  光では役に立たない。結局、自分はどこまでも役に立てないままだ。  しょんぼりと肩を落とすラズリウに、ニクス王子は小さく「ふむ」と呟いて顎を指で軽くなぞる。 「確かに雪をすぐには溶かせないでしょうけれど、作業する者達を暖めたり、冷気から守ったり……人を包むのは火よりも向いているでしょうね」 「……!」  暖めることが出来るのなら、助けに行けるのだろうか。己が観測塔にさえ行くことが出来れば、寒さに震える現地のチームを、グラキエ王子を暖めることが出来るのでは無いだろうか。少なくとも足手まといにはならずに側に居られるかもしれない。  俄に差し込んだ希望で瞳を輝かせたラズリウに、第二王子はくすりと微笑んだ。 「宜しければ、お手伝いしましょうか」  アルブレアの第二王子は三人の王子の中で最も優秀な魔法使いだと専らの評判だ。そんな人に教わることが出来たなら、このまま独学を続けるよりずっと魔法が身につく可能性があるかもしれない。  けれどそれは、同時に貴重な人材の時間を奪ってしまう事になる。 「あ、有り難い、ですが……ニクス王子のご迷惑に……」 「それが良いですわ!」  気が引けて断りの姿勢に入るラズリウをよそにベルマリー嬢は眩しい程の笑顔を浮かべた。   身を乗り出しながらぎゅうっと手を握られて、どうすれば良いのか分からなくなる。おろおろしながらニクス王子を見るが、ごめんねと軽く謝られただけだった。 「ニクス様の教鞭は夜叉のごとく鬼畜ですけれど、非常にためになりますのよ!」 「褒められてる感じが全くしないなぁ」  力強く熱弁する婚約者をさらりとラズリウから引き剥がし、にこやかな第二王子はじっと視線を向けてくる。 「弟のために足掻いてくれているのだから、協力は惜しまない。もしかしたら本当に何かの希望となるかもしれないしね」    ……こんな時に魔法の基礎すら身に付いていないラズリウの力になろうとするのは、それだけ必死だからなのかもしれない。グラキエ王子を連れ戻す方法を、あらゆる可能性をこの人も探して。  可能性の一つになれるのなら、学びたい。  グラキエ王子を迎えに行きたい。  月灯草の海で夢に微笑んでいた顔で頭が一杯になり、気が付けば教えを乞うべく頭を下げていた。

ともだちにシェアしよう!