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45.想いの証
いつもの通りラズリウ王子と共に研究所に行くと、妙な雰囲気の研究員達に迎えられた。皆してニヤニヤしながらグラキエを見ている。
「グラン王子~婚約内定おめでとうございます~」
そんな言葉を皮切りに、こだまのような祝福の言葉が飛んでくる。しかし彼らの顔はどれも祝っている雰囲気の表情ではない。どう見てもからかいのネタを見つけたと言わんばかりの顔をしている。
ここまで嬉しさよりも嫌な予感を強く感じる祝福はそうそうない。
身構えるグラキエの側に、研究員の中の一人がすすすと忍び足で近寄ってきた。
「ラズ王子の首輪、ロックかからなかったんですって?」
「何故それを」
「そりゃ、俺が作ったんで。テネス様から連絡がすぐに来ましたよ」
やはりあの動作には物言いがついていたらしい。情報がガバガバなのは少し気になるが、状況を知っているのならば話が早い。
……しかしテネスからクレームを受けたはずだというのに、変わらずへらへらと笑っているのが不気味なところだ。
あの教育係はグラキエ以外に物申す時にも容赦などしない。大体の人間はその圧におされて、直後だけでもしょんぼりとする事が多いというのに。こうまで平然としているとは意外と大物である。
「それなら一言詫びてくれてもいいんじゃないか? テネスの説教だって受けたんだろ」
「違いますよぉ、お褒めの言葉を貰いました!」
「はあ!? あの不良品で!?」
ドヤ顔でけらけらと笑う研究員。想定と真逆の話に声が大きくなってしまった。あの首輪のどこに褒められる要素があるというのか。
「不良品とは失礼な! ちゃんと動作してますよぉ。王子が近くに居るとロックがかからなかったんでしょう?」
「そうだ。留めているはずなのに何度も外れたぞ」
どうやら、どんな動作をしたのも細かく把握しているらしい。
そこまで分かっていて何故不良品ではないと言い張れるのか。かかるはずのロックがかからないのなら、どう考えても動作不良である。
なかなか噛み合わない話に頭を抱えながら研究員を睨んだ。しかし返ってきたのは、ふふんと胸を張った得意気な顔。してやったと言いたげな視線が向けられている。
「でも、離れるとかかったんでしょ?」
「それはそうだが。とんだ時差だぞ」
首輪を付け外しする時に毎回時間がかかってしまっては利便性が下がる。道具はある程度の便利が必要だと、魔法技術の研究員なら理解しているだろうに。
それが何か有用な仕様だとでも言うのだろうか。
「グラキエ王子、あれが何の首輪か知ってます?」
「ラズリウを守るための魔法の首輪だろ。話をはぐらかすな」
睨まれても気にすることなく、研究員の顔は意味深長にほくそ笑んだ。その表情が次兄の顔と被って、文句を継ぎ足そうと開けた口がはたと止まる。
――渡されたのは魔法の首輪だと言っていた。
番にと望む相手以外には外れない、Ωを守るための砦。逆に考えれば……望んだ相手に対しては、その砦が閉じる事はない。
「…………えっ?」
ようやく思考が追い付いてきた。
そろりと少し後ろに居るラズリウ王子に視線を向けると、ばっと勢いよくその顔がグラキエから逸れる。けれどその耳は明らかに真っ赤になっていて。
その熱が移っていくように、事の次第が飲み込めてきたグラキエの顔がじわじわと火照っていく。
グラキエがいくら留めようとしても閉じなかった。離れると閉じて、昼間は開かないようしようと父と兄は話していた。
もし、あの動作が正常だったとしたら。
「……ラ、ズリウ……それって……」
「い、いちいち聞かないで下さいっ!」
ぶんぶんと首を横に振る顔はやはり真っ赤だ。少し潤んだ瞳が睨んでくるけれど、どことなく小動物のようで威圧感も何もない。
自分の予想は恐らく当たっている。けれど勘違いの前科があるだけに、どうしても己の直感を信じきる事が出来ない。
「き、君の口から聞きたいんだ! また勘違いだと困る!」
後退りして逃げようとするその体を捕まえると、ひくんとその肩が震えた。グラキエの言葉に応えようとしてくれているのか、ぱくぱくと口が動く。
……声が聞こえてくる気配は全くないけれど。
一向に出てこない言葉。
けれど諦めることが出来ずに、じっとラズリウ王子を見つめていた。どうしても聞きたい。あの首輪が閉じなかったのは、グラキエを望んでくれていたからなのだと。
見つめ合ったまま固まる二人に冷やかしの指笛が周りから聞こえてきた頃、階段を降りて近付いてくる足音がした。
「帰ってきたら番になりたい。婚約者になって、ずっと側に居たい……だったか」
割って入ってきたのは久々に聞く声だ。
何故一人でこんな所に居るのだろうと気を取られた瞬間、ラズリウ王子がひゅっと息を吸った。
「かっ、勝手なこと言わないで!」
「グラキエ王子に会いたいって部屋でびーびー泣き喚いてる時に言ってたじゃねぇか。毎晩俺と師匠が聞いてやってたんだぞ、まさか忘れてんじゃねぇだろうな」
「スールっっ!!」
研究員と同じようにニヤニヤと笑うスルトフェンは言葉を続ける。ラズリウ王子が制止に飛びかかるが、口を塞いだ頃には全て聞き終わってしまった。
スルトフェンがラズリウ王子の部屋に入っていったのは、二人抱き合うためではなかったのか。テネスが側に居たのならそんな事は許さないだろうから、完全に見当違いだったという事になる。
ここでもひとつ、自分は馬鹿な勘違いをしていたという訳だ。
「ラズリウ……」
「ちが、その……いえあの、ちがわな……ぅう……あ、あの時は、いっぱいいっぱいで……っ!」
ぷるぷると震えながら振り返ったラズリウ王子の顔は真っ赤だ。わななく唇が何かを言おうとするけれど、やはり続きの言葉は出てこない。
「……さっきの……番にっていうのは、本当、に?」
少しの沈黙の後、ラズリウ王子はこくんと真っ赤な顔を小さく縦に動かす。
その瞬間グラキエの全身から力が抜けて、情けないことにヘナヘナと床に座り込んでしまった。慌てて大丈夫かと駆け寄ってきたラズリウ王子の手を思わず引き、衝動に任せて引き寄せて抱きしめる。
「ぐ、グラキエっ」
「次のヒートは君の部屋に居たい」
じたばた暴れる体をぎゅっと抱き込んで耳元に囁くと、その動きがぴたりと止まる。
一度目はラズリウ王子の気遣いだったけれど、二度目は自分が約束を反古にしてしまった。生誕祭で連れ戻された時に知らされていたのに。知らないふりをしてそのまま調査に戻ってしまったのだ。
「ダメ、かな」
今度こそ、側にいたい。
ヒートは苦しいものだと聞く。泣いていたラズリウ王子を慰めたスルツのように、自分が側にいて苦しさを少しでも宥める事が出来たら。
返事の言葉を待つグラキエを、琥珀の瞳がそろりと見る。
その瞳はゆらゆらと揺れているように見えた。じっとラズリウ王子を見つめていると、もごもごと何かを言いたそうにして。
何故か少し頬を膨らませてぽすりと頭を預けてくる。
「ヒートでなければ……来てくださらないのですか」
赤く頬を染めて見上げてくる顔。甘える様な声音と言葉の衝撃に、今度はグラキエの顔が林檎の様になる番だった。
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