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46.陽光祭

 首輪の一件以来、グラキエ王子は外で少しだけよそよそしくなってしまった。  手を繋いで移動するのは街とアルブレア城の間だけ。行く先々で街の人々に散々からかわれたのが大きかったのかもしれない。  けれど反対に、帰城すると必ずどちらかの部屋で過ごすようになった。ラズリウの部屋で昔話をしたり、グラキエ王子の部屋で部屋にある道具や資料について話をしたり。  時々自分の部屋に戻るのを忘れてしまう程、離れていた時間を取り戻すように過ごしている。 「そうだ、陽光祭はどうする?」  研究所からラズリウの部屋へ戻って早々、相変わらずの急な話題が飛んできた。  無言で見つめ返すと説明が足りていない事に気づいたらしい。またやってしまったと、ぽりぽりと頭をかきながら苦笑している。 「冬の入りには一日中暗い極夜祭があっただろ。冬の明けには一日中明るい陽光祭があるんだ」 「対のお祭りなんですね」  思えばネヴァルストにも豊穣を祈る祭と収穫を感謝する祭がある。どれも盛大に催される行事だ。厳密な意味合いは違えど、節目に行われるものとしては似たようなものが各地にあるのかもしれない。  一日ずっと日が沈まないというのは聞いたことがないけれど。 「確かに対かもしれないな。けれど雪が溶け始める前だから、陽光祭には舞踏会が無いんだ。その代わり城下が一日お祭り騒ぎになる」 「お祭り騒ぎ……」  離宮にいたせいで縁遠くはなってしまったけれど、ラズリウは祭好きである。無意識に心がそわりとしたのを察したのか、グラキエ王子はくすりと笑った。  シーナがタイミングよく淹れてくれた紅茶を飲みながら、話は続く。 「せっかくだし、宿を取って城下で過ごすのはどうだろうか」 「グラキエの教育係が凄い顔をしそう」  テネスが聞けば全力で顔をしかめそうな話である。  月灯草を見るための外出でさえ渋い顔を続けていたのに、一日城に戻らない外出をおいそれと認めるとは考えにくい。目論見通りに出かけようと思えばかなりの根気と労力が必要なのではないだろうか。  しかしラズリウを見る顔は、どこか得意げにふふんと鼻をならす。 「もう黙らせてある。だいぶ渋られたが、今回もシーナが協力してくれて事なきを得た」  その時のテネスの様子でも思い出しているのだろうか。くつくつと笑いながら、グラキエ王子の指がラズリウの首に揺れる飾りに触れた。ちゃり、と軽やかだけれど少し固い音がする。  「……首輪も、あることだし。どうだろう」  やけに甘く感じるその声音に、ぼわりと顔が熱くなったような気がした。    陽光祭の当日。  国王と王太子による挨拶と春の訪れを祝う儀式での後、弾けるような賑やかさで祭りが始まった。晴れた空から降ってくる光を雪が反射し、至るところ飾り付けられた日飾りと相まって街全体が光輝いている様に思える。  儀式を行った王族が身に纏うのは、極夜祭とは反対に明るい色合いを基調にした衣装。その一団の隅、グラキエ王子の隣にラズリウも居た。 「演出ありがとうございました。やはり光の魔法は陽光祭にぴったりですわね」  ベルマリー嬢に微笑みかけられ、ラズリウは思わずはにかんだ。  儀式では王族とその婚約者が天に奉祝の演舞を行う。殆ど魔法を使ったものだが、ベルマリー嬢は舞踏家である事を生かして舞を奉納した。それ合わせて、ラズリウは覚えた魔法で光の粉を振り撒いたのだ。  グラキエ王子を助けたい一心だった時は何の役に立たないと思っていたけれど、平時に使う分にはとてもいい魔法かもしれない。 「ベルの舞いが恐ろしいほど神々しかったな。女神を目撃してしまった様な気分だったよ」  ラズリウの前から婚約者を引き戻したニクス王子は、どさくさに紛れてそっと後ろから抱きしめていた。屋外でまだまだ人目があるが、気に留める様子もなくじゃれつくように鼻先をすり寄せている。 「ニクス。婚儀はまだ先なのですから、くれぐれも羽目を外しすぎないように」 「心得ておりますよ」  腕の中の婚約者を愛でるのに夢中なニクス王子の返事は、聞くからに上の空の返事だった。さすがグラキエ王子の兄である。  その様子に王妃はやれやれと溜め息を付くが、その表情は少し嬉しそうに見えた。     陽光祭では第三王子の婚約と同時に、第二王子の婚儀についても発表された。  挙式は雪融けが進んでからの予定なのでまだまだ先だけれど。ベルマリー嬢が平民出身で王族としての教育に時間がかかっていたという事もあって、祝福の声が一際大きかったそうだ。    祝賀ムード一色の街をグラキエ王子と歩きながら、ラズリウは買って貰ったドライフルーツを頬張った。初めて街を案内して貰った時に食べた思い出の味。  以前のものを食べきってしまってからは、とてもそれどころではなかったけれど。こうして改めて食べるとやはり美味しい。 「グラキエ」  振り返ったグラキエ王子に袋から取り出したドライフルーツを差し出すと、ぱくりとその口が果物を口に含んだ。美味いと言葉をこぼす顔はきらきらと輝くような微笑みを浮かべている。  一緒に食べると、とても美味しい。  そんな事を思いつつ、ぽやりとした頭でグラキエ王子を見つめる。すると急にその横顔が遠くを見てぎくりと固まった。  金色の瞳が見る方向から指笛が聞こえて振り返ると、魔法技術の研究員達がにやにやとしながらこちらを見ている。  「ひゅー! あっついねぇ!」 「グラン王子ぃー! 合格おめでとーございまぁーす!!」  からかうような祝福の言葉に、グラキエ王子の顔がみるみる真っ赤になっていく。照れてしまったのか、そっとグラキエ王子との距離が開いた。  それに気付いたラズリウは逃げていく手を慌てて掴む。   ――せっかくラズリウを見てくれていたのに。  横から割って入ってきた人々に少しモヤモヤとしながら彼らに微笑み、グラキエ王子の視界を遮る。 「次は広場に行ってみたい。何かの楽器の音がするよ」 「あ、え、ああ……」  腕を組んで逃げられないように捕まえながら、戸惑う王子を引っ張っていく。それにまた指笛が鳴ったけれど、ラズリウは彼らに睨むような視線を送り、今度こそ沈黙させたのだった。    広場に出ると楽団らしき人々が楽器を奏でていた。それを中心に輪が出来上がり、周りを街の人々が思い思いの振り付けで踊っている。王城で見た舞踏会のような煌びやかさはないけれど、花が咲き誇る野原のような賑やかさに満ちていた。 「おっ、来たな御両人! せっかくだから踊っていきなよ」 「い、いえ僕達は……」 「ベルが来たら主役かっさらわれるんだ、今の内今の内!」  にこやかに笑うギャラリーの男にあれよあれよと押し込まれ、輪の中に入ってしまった。新しい曲が始まって動き始める人々の輪。おっかなびっくり周りの真似をしながら、ぎこちない動きで一緒に動く。  ――が、糸の絡まった操り人形と指導役に言わしめたラズリウは、案の定ふらふらと奇怪な動きを繰り返した。 「ご、ごめんなさい……」 「大丈夫だ。武術は得意なのに、苦手な物もあるんだな」  ぶつかって、足を蹴って、踏みつけて。  散々な動きのラズリウを何とか支えつつ、グラキエ王子は微笑みながら導いてくれる。まさか舞踏会以外で踊る事になるとは夢にも思わなかった。油断していた自分が恨めしい。穴があったら埋まりたい。  羞恥で黙ってしまったせいか、グラキエ王子は少し焦ったような顔をする。 「す、すまない。君にも苦手な物があって安心したんだ」  そう言うグラキエ王子は難なく音に合わせて動いていて、この場の誰よりも優雅に見えた。  ……とはいえ、たとえ苦手でも動きがマシになってくると段々楽しくなってくるものだ。舞踏会のダンスの様に抱き留められながら踊っていると、自力ではないのに上達した様な気分にさえなってくる。  遅れてやってきたニクス王子とベルマリー嬢も輪に加わって盛り上がりは最高潮に達して。  何故か始まったベルマリー嬢からの鬼の様なスパルタ指導で心をへし折られながら、グラキエ王子と一緒に何とか音を追いかけ続けた。

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