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第2話 本当の地獄へようこそ

 首に掛かっていたロープが外れても息苦しさが残り、しばらく正常な呼吸に戻るまで時間が掛かった。  その間、死神らしき少年は壁に寄りかかり、僕が落ち着くまでじっと見つめていた。 「はぁ、はぁ……ど、どうして……」 「どうして戻って来れたか? 単純明快だよ。このロープは弱すぎる、そしてキミの体重は軽すぎる」  「あとは意志の弱さかな」と、弱りきってる僕に追い打ちをかけた。 「一瞬だけ、ほんの一瞬だけ意識は“あちら”に行ったんだろうけど」 「……もっと強いロープがあれば良いんですね、買ってきます」  勢いがあるうちに行動に移そうとした僕の肩を掴み、「そう簡単な問題じゃない」と諭された。 「キミねえ、これ以上ボクの仕事増やさないでくれるかな? ただでさえ、人間界に連れて来られたって言うのにさあ」 「また戻って? キミに会って? また連れて来られて? なんてされたら困るわけよ」 「……次は引っ張りませんから」  立ちあがろうとして膝に手をついたが、体が痺れて上手く力が入らない。何分間吊っていたのか、中途半端な状態だと後遺症が残って……もっと苦しい事になるんじゃ……。  嫌な想像ばかり浮かんで埋め尽くされた頭から冷や汗が止まらない、それとも悔しさからくる涙か。  さっきまで忌々しそうに僕を見ていた死神は、そっと手を差し出した。 「……まだ心は死んでないんじゃない?」  何が言いたいのか、とっくに僕の心は壊れているのにと苛立ち、手を払いのけて玄関まで這いつくばった。 「ねえ、あれって……」 「……大丈夫かしら?」  いつも関心を持たずに通り過ぎて行くご近所さんは、紫色の首の痕に足取りが重い僕の姿をジロジロを見てくる。 「キミねえ、そんな状態じゃあ、死ぬのも生きるのも地獄だよ?」 「僕はずっと……生き地獄にいるから」  彼を無視してずかずか歩いていくが、曲がり角を曲がった瞬間、僕の体は恐怖で縮み込む。 「あれ、お前ここで何してんの? てかちょうど良いわ〜、ゲーセン代くれよ」 「やったぜ!タダ金ゲット〜! ってかコイツなんか変じゃね?」  いじめっ子グループに遭遇して口をぱくぱくさせていると、指を指されて「コイツ逃げようとしたんじゃねえの?」とゲラゲラ笑われた。  首の痕に気づかれて、また「死に損ない」「気持ち悪い」「死にたいなら俺らがやってやるよ!」と、タコ殴りにされた。 「ううぅ……ゲホゲホ……」 「うわ、汚ねえな血吐くなよ! なあ知ってたか?吐血ってゲロと一緒らしいぜ。こいつゲロ野郎じゃん、みんなに教えてやろうぜ!」  腹部の痛みに手をそえて、自分を強く抱きしめた。いじめっ子がスマホを向けてきたって、もうどうでも良かった。  それなのに……ずっと隅っこで表情を変えず僕を見ていた死神は手から光を放ち、いじめっ子達を吹き飛ばした。  「うわぁああ!! 何だこれ!?何が起こってるんだ?」とパニックになったいじめっ子達は、僕のせいだと思い怯えて逃げ出した。 「まったく……人間ってのは本当に訳が分からないねえ」 「なんで助けたんですか」 「助けた? それは違うよ〜、それならキミが殴られる前に助けてるでしょ? ボクはまたキミに死なれたら困るからさ」  暴力だって死に直結するかも知れないのに……支離滅裂だ、この人は信用ならない。僕の心は孤独と不信感で募っていく。 「……あなたの迷惑になりたくはないです、でも僕はこれ以上1人で苦しみたくないんです。お願いです、あっちにつれて……」 「寂しいなら友達になってあげるよ」  いつの間にかすぐ隣にいた死神は、黄金の瞳を光らせて顔を覗き込む。その表情は眩しい瞳の光でよく見えない。  きっとバカにしてる嘲笑ってる、そう思うのに寂しさで気が触れた僕は彼に手を伸ばした。  払いのけられると思った手に、冷たい手のひらが触れる。この人は生きていない。実在してない、僕以外には誰にも見えてない。  そう思い知らされる手の冷たさに、僕はまた泣いた。 「まったく……キミは何回泣いたら気が済むのかな? ほんと困るよ」  きっと呆れて言ってると頭では分かっているのに、黄金の瞳から視界を奪われた僕には彼が優しく微笑んでいるように思えた。 「ああ言っておくけど、これは一時的な友達契約だから。よわよわメンタルのキミが、もう“あっち”に行かないように、ボクが訓練してやるだけの期間上の友人だから」 「下手に情なんか移さないでねえ、人間界とあっちを行き来するの大変なんだからさあ」 「それでも……良いです、僕は……ずっと友達が欲しかった……!!」  初めて大きな声が出た僕は死神に抱きつき、喉が枯れるまで泣き続けた。  頭上からため息を吐かれたものの、僕の背を冷たい手が撫でて……呼吸が整うまで撫でていた。

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