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第6話 温かい手

「おっはよ! 高城くん!」 「……お、おはよう……」  教室に入るなり、挨拶をしてくれた隣の席の女子生徒は、まだ僕に優しくしてくれていた。  クラス委員長の彼女のおかげで、少しずつクラスメイトと最低限の会話をするようには、なった。  だけどまだ友達と呼べる人はいない。  学校からの帰り道、みんなは部活動したり、ゲーセン行ったりカラオケ行ったり、してるのに。僕の放課後は勉強で終わる。 「はあ……」 「あー、これで100回目だね。今日のため息回数」 「ため息ぐらい良いじゃん……僕は、ため息で呼吸してるの」  「そんな根暗な人間じゃあ友達できないよ?」と、隣を歩くアヌスに肩を小突かれた。  自分でも分かってるけど、どうしても緊張してしまう……なんて伝えなくてもアヌスは僕の心が読める関係になったようだ。「じゃあ、訓練するしかないね」と僕の手を引き、公園へと連れて行かれた。 「さあ、ほら友達作っておいで!」 「そ、そんな! 公園で友達作りなんて……今時小学生でもしないって」 「じゃあ友樹は、どうしたら友達できると思うわけ?」  自分で考えるように促されても困ってしまうが、アヌスはじっと僕の目を見て返答を待っている。 「うーんと……話し上手になるとか? 面白くなる……とか……」  いざ提案してみても僕の性格上難易度の高い方法しか出てこなかった。自信も持てずに自分の考えをハッキリ言えない僕に、アヌスは呆れかえった。 「その自信のない喋り、猫背、小さい声。1番の問題点は、この3つだろうね。面白くても聞こえなかったら意味ないでしょ」 「それは……そう、だけど……僕には……」 「ふうん、こうなりゃ自信を持つ訓練をするしかないね。友達作りはまだ先だ」  腕組みをして睨まれているのに、まだアヌスと一緒に居られるのが内心嬉しくて頰がほころびそうになった。  アヌスは……きっと早く帰りたいだろうから。 「──自信を持つには、自己肯定感を上げましょう! 毎日日記を書いて、出来たことをたーくさん褒めてあげましょう! 自分を可愛がってあげて下さいね♡」  家に帰った途端、僕のスマホを勝手に使いだしたと思ったら検索エンジンを駆使し、アヌスとはまた違う輝きを放っている女性の動画を見せてきた。  せっかく調べてくれたからと、使っていないノートに早速、日記を書こうとペンを持つ。  アヌスは勉強机に顎を乗せ、期待の眼差しを向ける。 「………これで、いいかな……」  「おお」と感嘆の声を上げようとしていたアヌスはノートを見るなり、分かりやすく肩を下げた。 「学校……行った。……これで終わり?」 「だって、それしかしてないし……僕は人に褒められるような事なんて一つも無いし」  とことんネガティブ思考でアリ地獄が出来上がっている僕から目を逸らした。  ああ、きっとアヌスにも嫌われた。居なくなられる……!悪い想像ばかり浮かび、頭を掻きむしろうとした僕の手に、手が重なった。 「……毎朝学校行く前でも勉強して、ひきこもってた遅れを取り戻そうと時間見つけては勉強してる。キミは勉強で寂しさを紛らわしてるって言うけど、毎日継続なんてそう簡単に出来るものじゃないでしょ」 「え……?」 「それにさ、勉強の休憩のつもりかなんか知らないけど、忙しい両親に代わって家事だってしてるじゃん。ま、あいにく料理のセンスは無いみたいだけどねえ。練習してる目玉焼きはいっつも真っ黒で、フライパンと同化してるもんね」  アヌスは、ふふふと機嫌のいい猫みたいに小さく口角を上げる。 「ぼ、僕は……ずっと両親に見放されてると勘違いしてたから……僕はあんな事をして悲しませてしまったから、だから、もっと、頑張らなきゃ……」 「充分頑張ってるでしょ」 「頑張りを認めてないのはキミ自身だ。まあ、あんな事しちゃったけど? それでも今、自分が出来る限りの事をしてるだろ」 「友樹は自分で、自分の首を絞めてるんだよ」  「キミが自分を褒められないなら、ボクが褒めてやるよ」と、アヌスは血の通ってない冷たいはずの手で優しく頭を撫でた。  その手は誰よりも温かかった。

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