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第9話 夏らしく

 港町のバス停を降りて、あと十数分歩いたら目の前に海が広がることを伝えると、アヌスは何でもない表情を装っていたが低空飛行し始めた。  「友達と遊べるようになるためにも、常に走らなきゃねえ」とまたトレーニング目的のように振る舞うが、ただ早く行きたいだけにしか見えなかった。 「はあはあっ……! もうアヌスってば、いつもより速いよ。ふふ、そんなに海が楽しみなんだね」 「何度も言うけどボクは死神だ、楽しいとか無いから」  なんて強がり、表情を隠すようにわざとらしくローブを深々と被る。彼はきっと照れているんだろう、そして楽しみで仕方ないと思う気持ちは少年の僕と一緒だ。  走ることによって数分で砂浜まで辿り着いたら、アヌスはふわりと地上に降りて海まで歩きだした。  いつも僕を気にしてる彼は一切振り向きもせずに、ただひたすらと歩く。その後ろ姿を邪魔しないように見守り続けた。  波打ち際に足が入ると、やっと僕のほうを振り向いた。  「早くこっちにきてよ」と手招きされて、海まで走り込み隣に立った。スニーカー越しに冷たい水の感触が伝わる。  僕は慌てて靴を脱ぎ捨て、濡れない場所に置いて行き、ズボンの裾をまくってから裸足で駆け寄った。 「あはは! 僕ってば、つい濡れること忘れてたよ。アヌスは大丈夫? ブーツなんて海水入ったら大変じゃない?」 「ボクは魔法が使えるからねえ、濡れてもすぐ元に戻せる。友樹にもしてあげるから、だから……ほら、もっとこっちに」  そう言って、どんなに我慢しても抑えらえないらしい笑みを浮かべて、僕の腕を引っ張り海に投げ込んだ。  息継ぎのために水面から顔を出したら、水をかけられた。  「よくもやったなー」と水をかけあったり、どっちが長く潜れるか勝負したり、どっちが早く泳げるかなんて勝負してもアヌスの勝ちは目に見えてるのに。  服が濡れようが、海水が口に入ろうが、周りには1人ではしゃいでいるように見えていようが、関係ない。  ──楽しい、楽しくてたまらない。ただその思いだけが強くなり、夕陽が沈む事なんてどうでも良かった。  オレンジ色の海の上、黄色のローブを着たアヌスはぷかぷかと浮いていた。瞳を閉じて、胸の上で両手を組んで、波に身を任せている。  僕も寄り添うように水面に寝そべった。  お互い何も喋らないでいるのは初めてかも知れない、さざなみの音以外聞こえないのに、寂しくないし気まずくもならない。  ──僕は孤独じゃない、隣にはアヌスがいる──。  今までの孤独感や不安からくる希死念慮はアヌスのお陰ですっかり消えて、安心しきってる僕に「いつまで続くかな」と彼は呟いた。  黄金の瞳は夕陽と同化し始めてる。 「……あ、そっか。もう家に帰る時間だよね、母さんまた心配しちゃうな。ほら、あがってアヌス」  びちゃびちゃになってこのまま溶けてしまいそうなアヌスを引き上げ、帰路を歩く。道中に魔法で服を乾かしてくれたが、僕の心はまた冷えてしまった。  彼はあんなに楽しそうにしていたのに冥府に帰りたいんだろうか、僕と一緒にいるのは嫌なんだろうか、やっぱり“契約上の友達”でしかないんだろうか。  不安がまた僕を襲おうとしてくるから、アヌスに縋りつくように夏休み中、色んな所へ遊びに行った。

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