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第63話 カシワギの住まい

たっぷり遊んで、新年度に向けて気力が充実した。 改めてタツオミに、一年の見通しを相談した。 「過去問を見るとさ、国語の記述が肝だと思うんだよね……。でも、さすがに記述は先生に見てもらった方がいいと思うんだ。」 確かにそうだ。 俺は文系のくせに国語が弱い。 「普通は学校の先生に頼ることになるけど、まめに見てもらうわけにはいかないよね……。」 タツオミも心苦しそうに言う。 そこで予備校の出番なんだろう。 ただ、予備校費用は家計的に難しかった。 先生に教わる……。 先生、と聞いて、思いついたのはカシワギ先輩だった。 「記述力は一朝一夕じゃないから、今からやった方がいいんだけどね……。」 タツオミは苦々しい顔だ。 タツオミに、カシワギ先輩の名前を出す勇気はなかった。 ハルマにもそうだ。 余計な心配をさせないように、俺は二人には内緒でカシワギ先輩にメッセージを送った。 ―――――――――――― 週末、俺は先輩のマンションに呼ばれた。 正確には、先輩の彼氏のマンションだ。 先輩は一人暮らしをしたかったそうだが、物件の契約にトラブルがあり、剣道道場のOBのマンションに一時居候することにしたらしい。 が、結局、その住人と恋人関係になり、そのまま住むことになったそうだ。 油断はできないが、彼氏もいるし、彼氏の家ならまあなんとかなるんじゃないか……油断はできないけど。 そう思いながら行った。 油断はできないけど。 部屋に着くと、先輩がドアを開けた。 ランニングで会わなくなって、一カ月くらいしか経ってないのに、その微笑みがなんだか懐かしい。 「久しぶり。どうぞ。」 先輩は、垢抜けていた。 元から顔はかっこいいが、眉が整えられていて、地毛の猫っ毛の茶髪がイマドキにカットされている。 玄関にはサラリーマンが履くような男性の靴があった。 先輩は、塾講師のバイトを始めたと言っていた。 先輩の靴にしては、高級そうに見える。 部屋は綺麗で広かった。 マンションって家賃が高いんじゃないだろうか? 先輩の彼氏はスペックが高そうだ……。 「まあ、座ってよ。何飲む?お茶?ジュース?」 「じゃあ、お茶を……。」 甘いものは、実は頭には良くない。 と、タツオミからの助言を聞いて、最近はお茶か果汁100%のジュースにしていた。 とりあえず、そういうのを信じてしまうのが自分だ。 先輩が準備している間に、教材を出した。 「ちょっと変わったお茶をもらったんだ。合格祝いに。桜のお茶……なんだって。」 湯呑みが出された。 桜が浮いている。 「桜の花びらを塩漬けにしてるらしいよ。」 お湯の中で桜が咲いたように、花が美しく開いている。 「へえ……縁起がいいですね。」 一口飲むと、桜の匂いとほんのりとした塩気が口の中に広がった。

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