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偶然な出会い 4
「では本日の面談よろしくお願いします。一旦ここで失礼致します。次は相談者様到着の後に伺います」
「えぇ、お待ちしています」
ノートパソコンの画面を閉じた怜央と視線が合った。
「また会えてよかった。資料確認して名前が同じだったからまさかとは思ったけど、こんな偶然もあるんだね」
「はい。その節はお酒ご馳走様でした」
「今日の郁美も素敵だ。この後よろしくね」
少し砕けた言い方をした怜央に「こちらこそよろしくお願いします」と返して、そのまま相談室を出た。
胸の高鳴りがうるさくてデスクへ戻る気になれず、トイレに直行した。
「ふぅ。こんなことある?まさかね」
鏡に向かって話しかける。
人が見ていたらかなり変だと思う。自覚はあったが、自然と言葉に出ていた。
偶然の再会にしては出来過ぎている。
誰かに仕組まれた感がいなめないが、そんなこと出来る人はいないはず。
しばらくして高鳴る鼓動が収まって、デスクに戻った。
「ではハニワさんの面談に立ち会ってきます。予約入ってませんが、連絡があれば折り返しかけるとお伝えください」
「はい。いってらっしゃいね」
周りの人へ告げて、席を立ち相談室に向かった。
つい数十分前にハニワさんが受付を済ませて、相談室に向かったことは確認している。
そっと相談室の扉を開いて中に入った。
「お待たせ致しました。では面談をお願いします」
「ではまずハニワさん。今回の相談内容を大まかに聞いていますが、あなたから詳しい話を伺えればと思います」
怜央が話し始めたのをきっかけに、少し離れた所に座って聞いている。
ハニワさんはびくりと体を震わせて、覚悟を決めた様にため息を吐くと重い口を開いた。
「望まない相手から執拗に迫られ、断っても聞いてもらえず押し倒されました。嫌で暴れたのですが、力及ばず……奪われました。それで無理矢理ここを噛まれて」
ハニワさんは首輪をずらして、首筋を怜央に見せた。そこには大きくはっきりと歯形が刻まれていた。
まだ瘡蓋が出来立て間もないようで、周辺が赤く腫れて痛々しい。
「望まない性交の後、緊急用アフターピルは服用しましたか」
「いいえ。監禁されて出来ませんでした」
「では妊娠している可能性もあるということですね」
怜央は淡々と話してはいるが、苦虫を噛み潰したような表情だった。
「可能性あると思います。ヒート誘発剤を打たれたので」
「性交は今から何日前のことですか」
「3週間は経ってると思います。なんとか抜け出して直ぐシェルターに避難しました」
Ωの性被害は今でも多いが、今回はその中でもたちが悪い。
ヒート誘発剤を使用して無理矢理、ヒートを起こさせて性交を行い、番にした。
そして何よりヒート時の性交は着床率が高いとされている。すなわち妊娠している確率は大いにあるということ。
「わかりました。ではまず私が勤めている病院にて妊娠検査を行いましょう。その後で番解消についてご相談をさせて頂きますね」
「はい。あの……番解消できるんですか?Ωからは出来ないって聞きました」
「仰る通りΩから番解消はできません。しかし最近望まない妊娠に対する政策発表され、手術や処置で番の解消が可能となりました。まだあまり知られていないので、実施件数は多くありませんが」
手術や処置による番解消は、望まない相手の番にされてしまったΩを救うことができる。
法整備がなされΩの生きやすい環境が整えられた近年だからこそ可能となったのだろう。
「よかった。僕、他に好きな人が居たのに攫われて……無理矢理……」
ハニワさんは感極まったのか、泣き出してしまった。僕は泣き止むのを待ってからそっとハンカチを差し出した。
これで医師との面談、引き継ぎは終わった。まだ諸々やるべきことはあるが、主には怜央が行うことになる。
「では私からの質問は以上です。他に何か聞きたいことがあれば、こちらに連絡して頂ければと思います」
名刺を取り出した怜央がハニワさんに差し出した。そっと覗くと先程貰った名刺とは違い、医師とだけ書かれた名刺だった。
名刺を受け取ったハニワさんは何度も郁美や怜央に礼を言って相談室から出ていった。
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