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新たな人生と将来の約束 4
「ヤキモチなんて焼いてません。怜央が誰を可愛いと思っても、別に僕には関係ないですから」
「そんなに拗ねないでよ。子供は可愛いけど恋愛感情はないよ。大切なのは郁美だけだから」
「僕だけ?」
「そうだよ。愛おしくて大切にしたいのに、キスやセックスがしたいって、欲望を抑えられないのは郁美だけ」
直接的に欲望を露わにした怜央はそっと僕を抱きしめた。耳元で念を押すみたいに「君だけだ」と囁かれる。でもそれ以上のことは何もされない。大切にしたいのにというのも嘘ではないのだろう。
「子供みたいに拗ねたりしてごめんなさい。可愛いなんて言うから」
「ヤキモチ焼いてくれて嬉しい。そういうところも愛らしいよ」
「これからは僕以外に可愛いなんて言わないでください。僕にもちゃんと独占欲あるんですからね」
「わかったよ。本当に郁美はずっと可愛いくて美しいね」
艶っぽい声で囁かれて、顔がカッと熱くなる。きっと真っ赤になっているだろう。
「怜央の方が美しいですよ。瞳が青くキラキラして綺麗」
怜央を引き寄せて、首に手を回し瞳を覗き込む。青空を映したみたいな美しい瞳に自分の姿が映し出されている。真っ直ぐ見つめてくる視線はどこまでも優しい。
「そんなに近くにいたらキスしたくなるよ」
「してみてはどうですか」
「僕の職場だし誰かが様子を見に来るかもしれないよ。それでもいいの?」
「ここで告白されて付き合うことになったから、記念にと思ったけど、怜央が職場で気まずくなるかも」
偶然BAR で出会って、それがまさか新しい人生を歩むきっかけになるだなんて思いもせず未だに信じられない。
目の前にいる人は僕が作り出した幻なんじゃないと思うほど、現実味がない。
「ここの職員たちはノックなしに入ってくるような無粋なことはしないさ」
そう言い怜央の顔を傾けられて迫ってくる。キスされるのだと解ってゆっくり目を閉じた。その直ぐ後で唇に柔らかい滑りの良い唇が押し当られる。触れるだけの優しいキスをされた。
体同士がゼロ距離になり、ふわりと彼のフェロモンが香った。
「ん……」
「はぁ……郁美。最高だよ。ありがとう」
触れるだけの優しいキスが離れていき、名残惜しくて怜央の唇を見つめ続けた。距離が少しできたことに寂しさを感じる。
「あ、そうだ。これも渡そうと思っていたんだ」
徐にスマホを手渡される。怜央に渡したのと全く同じ機種のスマホだった。
「必要なデータは移して万羽に関するものだけを削除しておいたよ。電話番号は変えておいたよ。メールアドレスは後で変えられるようにしたよ」
「ありがとうございます」
怜央は万羽と関わる全ての手段を断ち切ってくれていた。勝手にデータを削除したり普通なら怒る人もいるだろうけど、僕には有り難かった。
きっと一人では何もできず、思い悩んで最後にはまた万羽の元に戻っていたかもしれない。
それに大事なデータなんてほとんどない。友達と出かけることも許されなかったし、家族ですら会えなかったんだから。
「余計なことしちゃったかな。僕も結構独占欲が強いのかもね」
「いいえ。僕一人だったらきっと五月蝿い電話に耐えかねて出ていたかもしれません。そして連れ戻されて、今度こそ二度と外に出られない。怜央がスマホを預かってくれたお陰で覚悟が揺らがなかった」
「万羽に未練があるの?覚悟が揺らぐほどの何かがあるのかな」
「違います。怖くて逆らえなくて、怒らせたら取り返しがつかないし、恐怖で言いなりになるしかなかったんです。だから電話で帰ってこいと言われたら、体が勝手に万羽元へ向かっていたと思います」
鬼の形相で怒り喚き散らし、殴られ蹴られて身も心も傷つけられて、万羽の顔色を窺い怒らせないようにしていた。
死んだように言いなりになって生きていたんだ。逃げても追われて連れ戻されて、別れを切り出したら監禁されて拘束された。
そしてヒートの度に酷く抱かれた。痛みしか伴わない行為はトラウマになるくらいなのに、本能が欲しいと望む。セックスの後は自己嫌悪から自殺すら考えた。
これまでどんなことがあったか怜央にはまだ話せない。怖くて言葉にすることもできない。それでもきっと彼は僕が話せるその日まで優しく待っていてくれる気がする。
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