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新たな人生と将来の約束 5
怜央との幸せな時間を破るように、彼のスマホが鳴った。電話に出た彼はジェスチャーでごめんねと伝えて個室から出て行った。
急に訪れた静けさが怖くて、少し研究所内を歩いてみることにした。
ベッドから降りて廊下に出て、休憩スペースと書かれた方へ向かってみることにした。
「ねぇ、聞いた?特別個室の彼のこと」
「聞いた聞いた。加賀崎所長の大切な人らしいね。顔は見た?」
「見てないけど、他の研究員が言ってたよ。めちゃくちゃイケメンで線が細いΩなんだって。所長いつの間にそんな人見つけたんだろう。恋愛に興味なさそうだったのにね」
「そうよ。私、振られたんだもの。やっぱりβじゃダメだったのかな」
女性研究員だろうか。休憩スペースから会話が丸聞こえだった。
それにしてもイケメンのΩというのは誰のことだろうか。
僕は地味で目立たないし、イケメンとは程遠い。それに特別個室ってどこだろうか。もしかしてさっきの電話もその人からのだったりして…
どんどん良くない方へ想像が膨らんでしまう。信じていた人に裏切られた気がして個室には戻らず、早足に別の方向へと進んでいった。
辿り着いた先は中庭のようで季節の花が咲き誇り、日光を浴びていて温かい。
ベンチに腰掛けて風を浴びた。空を見上げることが出来ず、床板が目に入る。
怜央には僕以外に大切な人が居たんだという事実を本人からではなく、他人同士の話から知ることになって情けない。
それならそうと言ってくれればよかったのだ。
一緒にいてくれると言ったのは社交辞令で何もかも手術をさせるための、実験のための嘘だったとしたら、僕はまんまと騙されたことになる。
「はぁ……」
どんな時も優しい怜央を怪しいと思わなかったけど、あれも全て偽りだったとしたら、僕はこれからどう生きていけばいい。
いっそこの中庭から飛び降りたら楽になれるだろうか。今度こそ死ねるだろうか。
ベンチから立ち上がり花壇の脇にあるガラスのフェンスへ近づいた。
下を覗くと体が震えるくらい高かったけど、ここなら確実に死ねるだろう。
手をフェンスにかけて身を乗り出そうとした。その瞬間、背後から気配を感じた。
「郁美、何してるの!」
息を切らして慌てた声が近づいてきた。視線を向けた先には怜央がいた。
「全て嘘だったんでしょう……被験体にするために」
「嘘って何のこと?被験体って?」
「休憩スペースで職員の女性達が、怜央には大切な人が居てイケメンで線の細いΩだって……僕は一人目じゃなかったんですね」
視線を逸らして身を乗り出そうとした所を後ろへ引き戻され、力強く抱きしめられた。
「イケメンで線の細いΩが郁美のことだとは思わなかったの?」
「僕なわけない!地味で目立たないし、イケメンなんて程遠いのに」
「こんなに美しいのに自覚がないんだね。それに言ったよね。大切な人は郁美だけだって、信じてくれないの?」
「僕がイケメン?線は細いのかもしれないけど……」
「特別個室に郁美を入れたのは、他の人の目に晒されたくなかったからだよ。郁美を誰かに取られるかもしれないでしょう」
僕は万羽に「お前みたいなブスは俺でないとそばにも居てもらえない」と言われてきた。人が視線を合わせるのも嫌になる程の不細工なのだと言われてきたのだ。だから到底イケメンだとは思えなかった。
「僕は人が視線を合わせるのも嫌なくらい不細工で、臭くて……存在が邪魔で……」
「そんなこと誰が言ったの?まさか万羽?僕の言葉より彼の言葉を信じるの」
「こんな僕のこと好きですか」
「好きなんかじゃ収まらないよ。心から愛してる」
顔中に怜央がキスを浴びせてくる。チュッチュと煩いくらいに止まらない。
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