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知らない世界の揺さぶり 1
同棲生活を始めて二ヶ月が過ぎたある日のこと。夜遅くに怜央が帰宅した。
夕食とシャワーを終えて寝室へやってきた怜央とベッドへ一緒に潜ると、今月末パーティーへ出席することになったと知らされた。
詳しく聞いてみると、元患者さんの経営する会社の創設記念パーティーに出ることになったらしい。同伴者を連れてくるように言われたらしく、僕が誘われた。
これまで生まれて一度もパーティーへ出席したことはないし、着て行く服も持っていない。正直そういう場は苦手だけれど、怜央に恥をかかせるわけにもいかず快諾した。
誘いを受けた次の日、着ていくためのタキシードの採寸を受けた。タキシードはオーダーメイドでかなり急ピッチで仕上げられたようだ。
今、実際に着てみると体に良く馴染んでしっくりきている。
同じく別室で着替えていた怜央が部屋に入って来ていたようで、ウォークインクローゼットから着替えて出ると、ソファに座って待っていた。
「怜央。お待たせしましたか」
「いいや。待ってないよ」
グレータキシードに着替えた姿をじっくりと見つめられた。
「郁美。素敵だよ。イケメン度合いがいつも以上で、外に出したくなくなるくらい」
「いつもよりかっこいいのは怜央の方だよ」
ピッタリのネイビータキシードを着た怜央は、体の線と日頃は隠されている筋肉が布ごしに見ただけで分かった。セクシーな姿に思わず顔が赤くなる。
一方の僕は馬子にも衣装で、とてもイケメンだとは思えなかった。貧相な体が目立たないか、気になって何度もクローゼットの鏡で確認していたくらい。
「ちょっとこっちにきて蝶ネクタイ外してくれるかな」
「はい」
何が始まるのかわからないけど、怜央に言われた通りに蝶ネクタイを外した。そこへ彼の指がやってきてシャツのボタンを二、三個外される。
まさかこんな格好でパーティーに出るわけじゃないよね。
「あの……これは?」
「ちょっとそのままでいてね」
怜央が手首に何かを吹き付けた。手首同士を擦り合わせると、片方ずつ首に擦り付けられる。
よくわからない行動に、ただ呆然と顔を見つめることしか出来なかった。
「これで僕と同じ香りになったよ。郁美がカッコよすぎるから口説かれないようにマーキングね」
少し苦い表情をした怜央と視線が交わる。彼の行動がようやく理解できた。
「虫除けですね」
「そうだよ。悪い虫に捕まらないようにね。我ながら嫉妬深くて参るよ……」
「そんなことない。嬉しいです。僕とのことは隠したいのかと思っていたから」
パーティーへの同伴者が僕で良かったのか。ずっと不安だったけど、ちゃんと公にしようと思っていてくれて嬉しかった。
怜央と僕では住む世界が違って、不釣り合いなのかもしれないけど、他の誰かが彼の横で同伴している姿は正直見たくない。
「どうして隠すの?僕たちはやましいことしてる訳じゃないんだよ」
「不釣り合いだから……パーティーなんて出たことないし」
「僕もそんなに頻繁には出ないけど、嗜みとして何度か父に同伴したぐらいだよ。僕達が不釣り合いなんて誰が言おうと関係ないさ。一緒に居たいのは郁美だけだよ」
タキシードにシワがつかないように優しく抱きしめられて、髪を整え男前度の上がっている怜央の顔が近づいてくる。
恥ずかしくて目を瞑るとそっと唇を塞がれた。
「僕には郁美だけだよ。こうして大切な人と住むのも君が初めて。パーティーだって父か兄弟以外を連れて出たことはないからね」
甘い囁きを繰り返されてキスを何度も施された。腰が抜けそうになるのを支えられて、シャツと蝶ネクタイを元に戻された。
彼がきちんと社交場で僕を紹介してくれるなら、それに応えたいと思う。これから先ずっと居たいから、改めて覚悟を決めたのだった。
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