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*スイートな夜 8
キスをされて脇腹をくすぐられると声を出して笑ってしまう。なんて幸せで甘い夜だろうか。
これまでは万羽が帰ってくることに怯えて、毎晩のように無理矢理抱かれた。いっそ死ねたらと何度も考えて、夜が過ぎるのを心を殺して耐えていた。
逃れたくても逃れられない番という関係は厄介で憎かった。Ωである自分が醜くて、産んでくれた親さえ恨もうとした。
あの時は死んでいたように生きていた。政府の介入を避けるため、仕事は出勤は許されたけど飲み会に参加したことはなかった。暴力の痕跡は全て服から見えない場所をわざと狙われて、誰も僕が酷い目に遭っているのだと知ることはなかった。
激しい束縛と嫉妬の日々に心は枯れ果て、助けなんてないんだと諦めていたんだ。
「郁美?どうして泣いてるの?僕が何かしたかな」
「違う……違うよ。今が幸せでもっと早く怜央と出会いたかった。そしたらあんな怖い思いをせずに済んだかもって考えてしまうんです」
「そうだね。僕ももっと早く出会いたかったよ。郁美の初めてのαになりたかった。でもこれからはずっと一緒だよ。僕が君を捨てることは絶対にないからね」
サラサラと髪を撫でる感触が気持ちよくて怜央に擦り寄った。もっと撫でてほしい。これは現実なのだと確認するように、僕は怜央の温もりを求めた。
密着して鼓動を聞いていると少し気持ちが落ち着く。
「僕も怜央と離れたりしません。ずっと一緒です」
「うん。ありがとう。そろそろルームサービスでも頼んでご飯にしようか。パーティーではお酒だけだったから」
「はい。実は少しお腹空いていました。あ、そういえば主催者の方とお会いする約束していませんでしたか」
「そうだったね。でも大丈夫だよ。後で連絡入れておくから」
せっかくの約束を僕のせいで反故にさせてしまった。幸せだった気持ちが急転直下して、申し訳なさでいっぱいになる。
それでも怜央は僕を責めたりせず、優しさで包み込んだ。
「ごめんなさい。僕が怜央を信じていなかったせいで……」
「今は信じられる?」
「はい。大好きで怜央を一番信じています。もう誰にも騙されません」
怜央はベッドから降りようとした僕を後ろから抱きしめて「それなら何も問題ないよ」と言った。その言葉だけで安心できた。
「四宮さんとはまたお会いする機会はありますか?その時は僕も連れて行って下さい」
「どうだろう。それより僕の同期にあってくれないかな。郁美に会いたいってせっつかれてるんだ」
「どんな人ですか?」
「篠森久志 って名前なんだけど、医大で知り合って職場も同じでね。ノリ良くて優しい人だよ。僕の親友だから郁美のことも話したんだ」
篠森さんは怜央にとって大切な存在だけど、それは僕に対するものは違うのだろうか。こんなことでモヤモヤしてしまうなんて思わなかった。今まで一度も恋人が出来たことなかったから初めての感覚。
「僕の何を話したんですか」
「詳しいことは省いたけど、好きな子が居てその子の為なら何でもしたいんだって」
「それで篠森さんは何と?」
「僕に特別な人は出来ないと思ってたらしいから驚かれたけど、良かったなって言ってくれたよ」
プライベートなことまで話し合えるくらい仲が深いということだろう。羨ましい友人関係だけど、そこに恋愛的なものは含まれているのだろうか。
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