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愛のある、愛のない 1
「うん。初めてじゃない……」
少し辛そうな表情で眉間に皺を寄せた怜央が真っ直ぐに見つめてきた。
心から愛した人が僕以外にもいたのだろうか。そんなことを考えてしまって悶々とした。気持ちが荒んでいく。
「……」
「郁美には辛いことかも知らないけど聞いてほしい」
そう言って怜央は話を続けた。その様子に聞きたくないことだけど、聞くしかないと覚悟を決めた。
「成長期を迎えたαは自分の性欲を自覚しても、抑制する術を初めは知らない。強姦などの犯罪を起こさない為に、代々名家のαの家系は性欲を処理するだけのΩがいた。そのΩと正しい子供の作り方やセックスについて学ぶことになる。間違いを起こさないために必要なこととされていた。それは僕の家も例外じゃない。権力者や上流階級には相応の振る舞いが求められるとして、暗黙の了解だった」
「……怜央は沢山の人を抱いたんですか」
話の内容が衝撃的すぎて上手く頭が回らないまま、上擦った声でそう聞いた。これ以上聞いても良いことはないと直感で解っていたのに、体は思うように動いてくれない。
「行為だけでいえば……沢山だろうね。でもそこに気持ちは伴わなっていない。射精をして性欲を発散させるためだけの行為」
「でも……気持ちよかったんですよね」
もうこれ以上は聞きたくなくて、ベッドから抜け出してバスルームへと駆け込んだ。自分から聞いておいてあんまりだと思ったけど、体が勝手に拒絶反応を起こした。
バスルームの鍵を閉めて、扉の前に座り込む。
「郁美!開けて!」
「来ないで……」
涙が溢れて視界がぼやける。心が張り裂けそうなぐらい痛い。怜央の呼びかけに拒絶を示して、暫く呆然としていた。
「郁美。お願いだから開けて、ちゃんと話を聞きてほしい」
「これ以上は……」
「お願いだよ。僕は郁美が大好きで愛してる。だからちゃんと話したい。ここを開けて僕を見て」
何度も何度も請うような言葉に負けて手を伸ばし鍵を開けた。洗面台を背にして座り込む。
少ししてゆっくりと開かれた扉から、怜央が泣きそうな顔で静かに入ってきた。
「……郁美」
しゃがんだ怜央の逞しい腕に包み込まれた。彼の匂いに包まれただけで、張り裂けそうな心が少し潤う。
「話を聞きてほしい」
「……はい」
「郁美の言うように性交は愛の有無に関わらず、気持ち良くなれる。自慰で気持ちいいのもそうだよ。でも愛のない性交や自慰と愛ある性交では何が違うと思う?」
「……わかりません」
「身体的に発散できるけど、愛がなければ心は満たされず虚しいだけで、僕はどれだけ相手を抱いていても心はいつも枯れていた。けれど郁美とのセックスは心が満たされて潤ったんだ」
この言葉だけでもう十分だった。他の誰かを抱いていても心が満たされるのは僕しかいない。愛し愛されるのは僕達だけなんだ。
こんなにも自分に独占欲があったなんて思わなかった。誰かに執着することも今までなかったんだ。
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