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第2話/第二王子の我儘2

「………はぁ?入れ替わるって……アンタと俺が?」  あまりに予期せぬ突拍子もない願い事に、思わず大きな声が出る。再び辺りを見回して誰もいないことを確認すると、訝しげな表情を浮かべて声のボリュームを落とし、疑問を口にした。 「なんで俺と…?っていうか、俺と入れ替わってアンタになんの得があんの?俺本当普通の人間なんだけど」 『秋斗、貴方でなければ意味がないんです』  多分、今目の前にクロエがいたら、両手を握られて至近距離で詰められている気がする。普段目にすることのない美しい顔に真剣な眼差しで見つめれると、同性であってもこれ程押されてしまうものなのか。 『貴方のその混じり気のない美しい艶やかな黒髪と黒曜石のような瞳。白い肌に長い手足、どこをとっても美術品のように美しい…この僕と入れ替わるに相応しい器なんです!』 「はっ…?いや待って、俺そんなイケメンとかじゃないし、黒髪黒目なんて日本人ならどこにでもいるし、まぁ色白は否定しないけど手足長いのだってただ背が高いだけだろ…っていうか選んだ基準見た目かよ…」  芸能人でもない一般人が、ここまで人に容姿を褒められることは、ほぼないのではないだろうか。慣れない感覚に若干の照れ臭さを感じてしまったが、冷静に考えると特別な理由でなく容姿で秋斗を選んだのかと呆れもする。 『やはり自分が入れ替わる相手は綺麗な方でないと。ちなみに入れ替わるのは簡単ですよ、僕には魔法の心得がありますので』 「魔法………まぁ、この状況なら魔法が出て来てもおかしくないよな。で、アンタは俺と入れ替わって何がしたいの?アンタがその姿のままこっちに出て来れば済む話なんじゃない?」  クロエから再び現実離れした言葉が飛び出してもそれを気にすることもなく、秋斗は淡々とクロエに疑問を投げ掛ける。クロエから見て秋斗が顔が良く見えていたとしても、明らかにクロエ自身の方が美形だ。あえて言うなら年齢が秋斗よりも下…高校生くらいに見えるが、それが障害になることがあるのだろうか。  先程までニコニコと満面の笑みを浮かべていたクロエは、秋斗の言葉に少し考えるように視線を宙に流すと、急に萎んだ風船のようにクシャリと表情を歪めた。 『…まず先ほどお話しした通り、僕は第二王子です。私が城にいないとなれば騒ぎになってしまいます。ただの一時間足らずでも僕がいなくなると気付かれてしまうのです…なので、秋斗には僕になって城にいて頂きたい。そして、僕がそちらの世界で秋斗と入れ替わって何をするか…それは…』  勿体振るように言葉を区切り、視線を伏せて黙ったクロエに、秋斗は違和感を覚える。ここまではっきりと迷いなく話していた相手が、突然黙りこむとは…余程の理由があるのだろうかと、敢えて口を挟まずにクロエが話し出すのを待った。 『……それは…っ僕…僕は、女性達と楽しく遊びたいだけなんです!』 「…………………はっ?」  今聞こえた言葉は幻聴だろうか。一瞬時が止まったかと思うほどにフリーズした秋斗は、鏡の中でどこか気まずい…というより照れたように困った表情を浮かべるクロエを凝視した。一国の王子が、女と遊びたいだけの理由で異世界の男と入れ替わろうとしているというのは、どうなのだろうか。 『その、言いたいことはわかりますよ?ですが、僕ほどの立場となると気軽に女性と遊ぶことも許されず、ましてやお兄様がそれを許すはずもなくて…どうしようもなくて諦め掛けていた時に、この異世界を映す鏡を見つけました。その先で複数の女性達と関係を持っている秋斗を見て、この入れ替わりをお願いしようと思い立ったのです』 「………アンタ…見た目はすごく良いのにどうしようもない王子なんだな…。まぁ、俺の見た目だけじゃなかったことには納得するけど」  まさか、こんな綺麗な顔をして純粋そうな見た目の王子様が女好きとは。知りもしない異世界の国民に同情してしまう。余りにもどうしようもない理由だが、秋斗も複数の女性と関係を持っている点については弁解のしようもない事実なので、そこに関しては黙秘した。 『本当に僕個人の都合なことは分かっています。僕と入れ替わったところで、秋斗に何の利益もないことも…ですが、少しだけで良いのです!五……十日間だけで構いません!』 「さりげなく今倍まで盛ったな?」  必死な形相でこちらに懇願してくるクロエに、秋斗は不機嫌そうに眉を寄せ、分かりやすく溜め息を吐くと考えるように目を伏せて片手をこめかみに添えた。クロエの望みを叶えてやる義理は一切ないのだが、ここまで切実に頼まれると断り難い。まさか、そんな秋斗の性格までも見抜かれているのだろうか。 「………分かった。十日間、それ以上は絶対に許さないからな」 『……っ!秋斗、貴方は本当に素晴らしい方です!感謝してもしたりない…本当にありがとうございます!』  秋斗の言葉を待っていましたと言わんばかりに満面の笑みで歓喜するクロエに、秋斗は選択を早まったかとすでに後悔したが、この先生きていても絶対に経験できないであろう異世界暮らしをしてみるのも良いのではないかと思ったりもした。べつに現世に飽きているわけではないが、いざ目の前に異世界の人間が現れると興味が湧くのも仕方のないことだろう。 「…で?その入れ替わりの魔法って………って、待て待て待てお前まさか魔法唱えて…っ!?」  鏡の中のクロエが、目を伏せて唇を小さく開いたと同時に眩い光が鏡から溢れ出した。慌てる秋斗の制止を聞くこともなく(もう聞こえていないのかもしれないが)小さく歌を口遊むように呪文を唱えるクロエに、気付くと秋斗は鏡から溢れた光に飲み込まれていた。  光の中は、熱いわけでも眩しいわけでもない。ただ、ふわふわとした得体の知れないものに包まれて、前後左右の間隔を失うと同時に、意識がゆっくりと遠退いていく。 『秋斗、連絡手段は手鏡です。もし何かあったら手鏡に声を掛けて下さい。そして…もし万が一、お兄様に会ったら………』  頭の中に、クロエの声が響く。最後の大切であろう部分で意識を手放してしまった秋斗は、次に目が覚めた時には今まで寝てきたベッドとは雲泥の差の、ふかふかのベッド上だった。

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