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4.初めてのお泊り④
「まだ怒ってるの?」
部屋の端っこで膝を抱えてこちらを睨んでいるカイに誉はため息を付く。
「そんなにしたかった?」
「は?何がだよ」
「だから、キ」
「したくねえし!」
カイは顔を真っ赤にしながらかぶせ気味に返して横を向いた。
誉はそれがおかしくてたまらなかったが、指摘するとまたへそを曲げてしまうので黙ることにした。
「ところでさ、ずっと気になってたことがあるんだけどね」
「?」
「さっき、朝に家から持ってきたものは全て学校においてきたって言ってたよね」
「うん、置いてきたけど…それが何…」
言い終える前に、誉がぺろりとカイの上着の裾を捲った。
「!!??」
カイのコンプレックス、色素が欠損しているが故の真っ白な腹と、ピンク色の乳首が晒される。
不意打ちをされてカイは固まるが、誉は更にそのズボンに手をかけて中を覗き込む。
「えっ、下着も本当においてきたんだ。
へえ、期待通りこっちもすごく可愛…イタッ」
「見るなよ、バカ!」
「別に恥ずかしがることじゃないでしょ。
男同士だし、どうせこれから一緒にお風呂に入るんだし」
叩かれた頭を擦りながら誉が言うと、カイはお尻2つ分後ろに退く。
「一緒?なんで?一人で入るよ!」
「一人で入れるの?
お母様からカイは一人で入ったことがないって聞いてるけど」
「何でそんなこと聞いてんだよ!
それにあれは、母さんが入ろうって言うから仕方なく…」
「高校生で"ママ"と一緒に入るの、結構珍しいよね」
「うるさいうるさいっ。
ともかく、オレは一人で入る!」
「そうはいかないんだよ。
もし転んで頭を打ったり、万が一のことがあったら大変だからね。
うちのお風呂は君の家と違って凄く狭いから危ないんだ」
「転ばねーし!」
「ふうん…。
カイはママとはお風呂入るのに、俺とは入ってくれないんだ?」
「は?」
「や、気にしなくていいんだよ。
理性的に考えて、一介の家庭教師と母親を比べるのはおこがましいよ。
けどさ、感情的にはやっぱり思うところはあるよね」
「は??」
「ウサギさんは察しが悪いから率直に言うけどさ。そんなの俺は面白くないし、今日は絶対カイとお風呂に入たい」
「誰がウサギだ。
つーか、意味わかんねーんだけど」
「ママと入るなら俺と入ってくれてもいいじゃないか」
「……拗ねてんのか?」
「そうだよ」
「…お前どうした。
今日おかしいぞ、ホントに」
「だからさっき言ったでしょ。
俺にも人並みに感情はあって、今とても舞い上がってるって。
誉はこうだ、みたいな決めつけはやめてほしいな」
「……」
完全に退いているカイを尻目に、誉はそう言いながらその前に一つずつ並べものをしていく。
先程クローゼットから出していたものだ。
左から、パンツ、シャツ、部屋着、そして靴下。
どう見ても身長がゆうに180cmを越える誉が着るには小さ過ぎるサイズだ。
流石に察したカイは背筋をゾワゾワさせながら、お尻もうひとつ分下がって言う。
「え、俺の?何で出てくんの?」
「君、最近よくうちに来るし。
きっといつかこんな日が来るかなと思って用意しておきました」
「何でサイズまで知ってるんだよ」
「君はどこからどう見てもSサイズじゃないか。身長いくつ?160ある?」
「あるし!まだこれから伸びるし!」
「好き嫌いを減らして、規則正しい生活をしないと伸びないよ」
「う…」
酷い偏食且つ不眠症気味のカイには耳が痛い話だ。完全に論破されて黙ったカイに、誉は満面の笑顔で言うのだ。
「さて、じゃあ規則正しい生活のために、まずは一緒にお風呂に入ろう」
誉が言う通り、バスルームはカイの想像を越えて狭かった。
下手をしたらカイの家のトイレよりも狭い。
いや、実はここが特別に狭いわけではない。
寧ろ一般的なワンルームにしては広めなのだが、世間知らずのカイはそれを知らない。
とはいえ、洗い場は、二人立つのがやっとだった。
特に誉は体格が良いので、より狭く感じる。
バスタブにも一応湯が張られているが、二人いっぺんに入れるかは怪しく見えた。
「なんかそのタオルのかけ方、女子っぽくて可愛い」
「は?お前は少し隠せよ」
「いいじゃないか、男同士なんだから」
ハンドタオルを縦にして、胸元から下げて体を隠しているカイに対し、誉は堂々としたものだ。
あまりにも堂々としているので、カイの方が逆に恥ずかしくなってきた。
そして何分狭いので逃げ場がない。
少しでも動かれると、誉の体が目前に迫ってくる。
また、誉の体は服を着ているときの見た目以上にかなり引き締まっており、筋肉質だった。
「お前、なんか…スポーツとかやってんの?」
思わずカイが尋ねると、シャワーの湯温調節しながら誉は答える。
「空手をしていたよ」
「していた…、もう辞めちゃったのか?」
「うん、1年のときにサークルには入ったんだけどね…。
ちょっと色々あって辞めちゃった」
「何があったんだ?」
「結構つっこんでくるねえ」
誉は苦笑いをしながら、カイに頭を下げるよう促す。その通りにすると、少しだけ湯をかけ、そしてシャンプーを手に取った。
「それがね、1個上の先輩にやけに好かれてしまって。で、結局ストーカーになっちゃったんだよね」
「えっ、誉が?」
「どうしてそうなるの。逆だよ、逆」
「イテッ」
急に泡立っている頭のてっぺんをペシッと叩かれ、カイは肩を竦める。
「それでまあ、当時の彼女とお昼食べてたら、俺、刺されちゃってさあ」
「えっ」
「あ、これがその時の傷ね」
確かに誉の右脇腹には傷跡があった。
びっくりしたカイは顔を上げたが、
「シャンプー、目に入るよ」
と強引に下を向かせられる。
「で、まあ、その子は結局警察に捕まったんだけど。俺も何となくサークルに居づらくなっちゃって。彼女とも結局気まずくなってその後すぐに別れちゃったし、散々だったよ」
「ま、まあ…それはそうなるよな…」
「そうそう。
でもまあ、空手自体も惰性でやっていたところもあったし、潮時だなって思ってそのまま辞めちゃったんだ。
よし、流すよ。かゆいところはない?」
「ない…けど、思ったより壮絶だった」
「そう?こんなの序の口だよ。
他にも聞きたい?」
「いや…なんか怖くなってきたからいい…」
誉は、確かにモテるだろう。
顔は抜群に良いし、背も高い。
成績も兄から聞く限り、学年でずっと1位なのだそうだ。
更に気遣いが出来て、凄く優しい。
寧ろ、モテない方がおかしい。
"…アレ?"
そこではたとカイは思いついた。
"誉って、今、恋人いるのかな"
さっき"当時の彼女"って言っていたけれど…。
"誉に、恋人"
そう考えた時、カイは胸の奥がモヤモヤとするのを自覚した。
それは初めての感情だ、そしてとても不快だ。
丁度誉が項のあたりにシャワーを当ててきたので、それに乗じて俯く。
「ちなみに今は、彼女いないよ、俺」
すると誉はカイの頭を流しながら、なんてことないようにそう言った。
「!」
「ほら、泡が目に入るってば」
シャワーが流れる音だけが暫く響く。
そして泡が流れきった所で、誉はカイの肩をトンと叩いた。
それを合図に顔を上げたカイは、口をへの字に曲げていて、明らかに拗ねているのがわかったから、思わず吹き出してしまった。
「シャンプー滲みた?」
「違う」
敢えて的はずれなことを問うと、カイは苛立ちを隠す様子もなくプイと横を向く。
ついと出た唇が、とてもわかりやすくて可愛らしい。
誉はカイの膨らんだ頬を撫でて、その耳元に唇を寄せる。
そして囁やくように言うのだ。
「でも俺、今、好きな子はいるんだよね。
ウサギさんみたいで可愛い子なんだけどさ」
「…ッ!」
その瞬間、顔を真っ赤にして顔を上げたカイに、誉はにっこり微笑んだ。
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