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14.誉とアルバイト
誉の弟の名は、昴と言う。
兄弟は、瀬戸内海に浮かぶ小さな島で同じ日に生を受けた。
彼らの実家は小さな食堂。
観光客も来ないさびれた島で唯一の食堂だった。
店は島の常連だけでなんとかもっている状態で、彼らの家庭は決して裕福ではなかった。
島には働き口がなく、若者は仕事を求めて皆本土に出てしまうため、島の子供は誉と昴の2人だけだった。
しかし弟の昴は幼い頃から体が弱く、殆ど自宅で療養していたため、誉はほぼ1人で小学校生活を送った。
島には手つかずの自然と美しい海が広がっていたが、一緒に遊ぶ相手もいなかったのでもあり、誉はそれらに一つも興味がなかった。
一方で、誉はよく本を読んだ。
そして広い本土、とりわけ都会での生活に憧れ、思いを馳せた。
現役時代漁師だった祖父は、本ばかり読む孫に対し男のくせに軟弱だとか、男なら海に出ろと怒鳴り散らしたが、誉は頑なにそれを拒否した。
単純に興味が無かったからだ。
また、彼は非常に利発で聡明な子供だった。
だから小学校の担任と校長は、唯一の生徒だった彼にあらゆる事を、誉が請うがままにつきっきりで教えてくれた。
昴の病状が島の施療院では対応できなくなり、本土の総合病院への入院が決まったのは、誉が小学校5年生の時だった。
母は付き添いと入院費を稼ぐため、弟と共に家を出た。
店は祖父と父が担い、認知症を患っていた祖母の世話はまだ幼い誉に託された。
そのことについて、誉には特に疑問や不満はなかった。
当時年の近い友達がおらず、他を知らなかったので単純にそういうものだと思っていたからだ。
寧ろ、孝行な孫だと近所の老人に褒められる事を誇りに思っていた程だった。
そんな恵まれぬ生活の中で、たった一度だけ誉の心が折れたことがある。
誉が学校に行っている間に祖母が一人で徘徊し、側溝に落ちて足の骨を折った。
それについて、祖父からお前が見ていないからだと叱責を受けたのだ。
余りにも理不尽な怒りをぶつけられて、誉は初めて感情のまま家を飛び出した。
そのまま店のレジから小銭を盗み、連絡船に乗り込んだのだ。
本土に一人降り立った誉が真っ先に頼ったのは、優しかった母だった。
しかし母が置いていったメモを頼りにようやくたどり着いたアパートで、誉は現実を知る。
不用心なことに鍵がかかっていなかった薄い玄関扉の向こうで、母は誉の知らぬ男と情事にふけっていた。
母の元からも逃げ出して、次に誉が向かったのが弟、昴が入院する病院だった。
薄汚い子供が一人で面会に来たと爪弾きにされ困っていたところに声をかけてくれたのは、昴の担当医だった。以前見舞いに訪れた誉のことを覚えていてくれたのだ。
その頃はまだ昴にもはっきりと意識があり、兄の見舞いをとても喜んでくれた。
「最近、誰も会いに来てくれないから、誉が来てくれて本当に嬉しいよ」
そんな弟の言葉が、誉の母に対する感情を怒りから憎しみへと変えた。
それから誉は、頻繁に店のレジから金をくすねては本土に渡り、弟を見舞った。
そうすると、必然的に弟の担当医と顔を合わせる機会が増える。
彼は佐々木という名の小児科医で、東京の同系列院から出向してきたのだと言ってきた。
医師としては優秀なようだったが、小太りで醜い男だった。
誉は佐々木から聞く憧れの都会の話にすっかり夢中になった。
そして病院に行く目的が、弟の見舞いから彼に会うことへと変わっていった。
ある時、話に夢中になり過ぎて連絡船の最終便を逃してしまった。
母のところには行けば何とかなることはわかっていたが、件のことでどうしてもその気にはなれず、誉は途方に暮れた。
そんな誉を助けたのは、他の誰でもなく佐々木だった。
そしてその晩、誉は彼によって"初めて"を奪われたのだった。
もしかしたら、元々それが彼の目的だったのかもしれない。
男が「可愛い、可愛い」と幾度も囁やきながら自分の体を貪り尻に腰を打ち付けている様を、誉はどこか他人事のように感じながら見ていた。
そんな地獄のような夜を越えて朝になると、彼は誉に一万円札を三枚よこした。
その時初めて誉は、自分の顔と体に価値があることを知った。
そしてそれは、あの家から逃げ出すための武器になると悟った。
誉は島への連絡船を待つ間、佐々木から貰った金で、鍵付きのノートとボイスレコーダーを買った。
そしてその日から、詳細な日記をつけ始めたのだ。
誉は、何年にも渡り、佐々木と会う度その会話を、情事を克明に記録し続けた。
佐々木との体の関係は、誉が第二次性徴を迎えると共に終わったが、これまでの日記とボイスレコーダーの記録をそれとなくちらつかせると、彼は自ら"支援"を申し出てくれた。
ゆらゆらと煙草の煙が天井に登っていく様を、誉は何となく見ていた。
消えて見えなくなるとまた一口吸い、ふっと吐いてそれの繰り返しだ。
あの子は今夜、ちゃんと眠れただろうか。
一人で泣いていないだろうか。
煙草の匂いに誘われて、ふとそんな事を思った。
この虚無に満ちた夜が、あの子と共に起きた幸せな朝と同じ延長線にあるとは到底思えなかった。
キングサイズのベッドに身を投げ出した誉は、深くため息をつく。
組んだ足の先に、豚のような男がその股間を必死に弄っている姿が見えた。
目が合うと、彼は余裕のない様子で誉に訴える。
「誉くん、そろそろ…っ」
「はあ?」
誉はサイドテーブルの灰皿に煙草の先を押し付けるとその体を起こす。
男は縋るような顔で誉を見上げた。
「その程度で、僕に挿れられると思ったんですか?冗談きついですよ、木下教授」
誉はそう冷たく言うと、足の爪先で男の勃起したペニスをツンとつついた。
勃ち上がってはいるものの、相手は相応の年だ。芯も固くなりきれず、弾力がなかった。
「しかし、もう…」
「知りませんよ。
さっさと準備してもらえませんか。
ずっと待たされていい迷惑です」
「誉くん、頼むよ」
「本当に気持ちが悪いですね」
誉は心底嫌そうにそう言うと、大げさにため息をつきながらローションを木下に投げつける。
誉が顎をしゃくると、彼は何かを察したのか嬉しそうにそれを己のペニスに掛けた。
すると誉は両足の親指の先端で、まずそれに触れる。
やわやわと鬼頭を弄った後、足全体を使い竿をぬるぬると擦って刺激する。
木下は汚い声を上げながら腰をビクつかせ始めた。
次第に誉の足が受ける熱が強くなっていく。
同時に芯が固くなるのを感じる。
「出したら止めますよ」
誉がそう言うと、誉の足の動きに合わせ醜く腰を揺らしていた木下の動きが止まった。
誉は足の動きはそのままに、男の汚い喘ぎ声を聞きながら、スマフォを手に取る。
メールを確認するが、お目当ての子からのものは見当たらなかった。
代わりに先ほど航との話題でも上がった川栄からメッセージが届いていることに気がつく。
既読がつくと面倒なので、通知で分かる範囲だけ確認するが、どうやらヨリを戻したいという打診の内容らしい。
勝手に人を振って、他人に悪口を振りまいておいて、自分勝手な女だ。
誉は小さく舌打ちをして、スマフォを置くと、もう一度木下を見やる。
すると彼が首をのけぞらせ、快楽に耐えていたので、足をすっと引いてやった。
あぁ、という声とともに木下が誉を見る。
誉は目を細めると、四つん這いで木下に近づいた。
整った顔を、その鼻先がつくほど木下の顔に近づける。そしてその眼前でにっこりと微笑むと、当の木下からは何とも言えない情けない声が漏れた。
誉は唐突に木下の胸を突き飛ばす。
彼がマットレスの固いスプリングに背を打ち、息をつまらせたその隙を取って、誉はその体の上に四つん這いのまま伸し掛る。
そしてワイシャツの胸元からコンドームの袋を1枚取り出し見せつけると、木下はごくりと唾を嚥下した。
誉はその封を口で切ると、そこから先端を咥えてずるりと袋から中身を取り出した。
端正な顔が木下の汚い股間に埋もれていく。
萎え始めたペニスの根本を扱きながら、口を使って器用にコンドームをはめた。
そして木下の出っ張った腹に右手を付き、左手でゆるゆると彼の情けないペニスの根本を扱きながら、その先端を自分の後孔に押し当てた。
そしてニヤリと笑うと、
「ここに挿れたいですか、教授」
と、木下を挑発した。
辛抱できないとばかりに木下が腰を押し上げると、ぎゅっと強く根本を握って阻止する。
木下の情けない声が響いたが、誉は気にせずその手により力を込めていく。
「いけない豚さんだ」
誉はそう言うと、再び木下に顔を近づける。
「こういう時は、なんて言うんでしたっけ?
豚さんはもう忘れちゃった?」
木下はダラダラと脂汗を垂らしながら顔を真っ赤にしながら必死に叫ぶ。
「誉くんに、私の汚らしいペニスを挿入させてください…っ」
「よく出来ました」
誉はにっこりと微笑むと、そのまま一気に腰を下ろす。
内壁をぎゅうと閉めると、木下の喉からヒュウと音が漏れた。その体が小刻みに痙攣している。
三擦り半どころか、挿入だけで果てそうなほど誉の胎内で木下が跳ねている。
それを無視して誉が動くと、真っ赤な顔の彼のこめかみに血管がくっきりと浮き出た。
「ねえ、教授。今、どんな気持ちなんですか?」
誉は腰を揺らしながら、強烈な快感に口をパクつかせている木下に向かい問いかける。
「自分の教え子にこうやって罵倒されて、弄ばれて、どんな気持ち?」
誉は煽りながら、木下の首筋に指を這わす。
そして頸動脈を探し当てると、グッと押した。
木下の手が、誉の腕をやっと掴む。
しかし力はない、誉は無視して更に指の力を強めて行く。
木下は陸に上がった鯉のようにパクパクと口を動かしている。
そしてその意識が飛ぶ瞬間、誉は指の力を弱めた。
そしてその肺が膨らみ、また凹んだ時、木下は誉の中で果てた。
ずるりと誉の中から、果てたペニスが抜け落ちる。
誉は大きく咳き込む木下に、ゴミでも見るような眼差しを向けた。
「今夜も良かったよ、誉くん」
誉がシャワーから上がり戻ると、ようやく落ち着きを取り戻した木下がそう言った。
「それは良かったです」
誉は濡れた髪をタオルで拭いながら、木下の横、ベッドの縁に腰を下ろす。
「ワインでも飲むかい?」
「いえ、結構です。
済んだのなら早く帰りたいのですが」
「つれないね」
「あなたの課題が多過ぎるんですよ」
「はは、君なら何も出さなくてもAを上げるよ」
「本当ですか?言質取りましたからね」
「と、言いながら毎回完璧なレポートを出してくるのだから、君には叶わないよ」
「鬼の木下教授からお褒めに預かれて光栄です。
教授はどうせ今夜は運転は無理でしょう。
タクシー呼んでもらえます?」
「君ともう少し夜を過ごしたいんだがなあ」
「十倍お支払い頂いてもお断りですね」
「はは、やっぱりつれないね。
だが、そこがまたいいね」
「いずれにせよ、ここから出るのはバラバラの方が良いでしょう?タクシー呼んで貰えます?」
「仕方ないね、わかったよ」
木下が電話をかける間に誉は手早く身なりを整える。
そしてスマフォをもう一度確認すると、メールが一件入っていた。
逸る気持ちを抑え確認すると案の定、櫂からだ。
その本文を読んで、誉は居ても立っても居られなくなって、立ち上がる。
そしてそのまま荷物を持つと脇目も振らず出口へと向かった。
「教授、タクシーは結構です。
歩いて帰ります」
誉はそうとだけ言い、戸惑う木下を部屋に残したまま勢い良くドアを締めた。
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