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20.兄弟デート①

最初は頬に。 それから額、鼻の頭。 ちゅ、ちゅ、とリップ音をわざと出しながら誉がキスを落としてくる。 そして彼はこちらを見て、にこりと微笑むと最後に唇にキスを落としてきた。 恥ずかしくて思わず目を閉じるが、一方ですぐに大きな舌が唇を割り中へと入ってくる。 口の中がそれでいっぱいになって息苦しい。 眉を寄せると、誉は優しく背中を撫でてくれた。 口の中が熱い。 そしてその熱に浮かされて頭の芯が蕩けそうだ。 誉の舌の動きについていこうと頑張って自分も舌を動かすが、麻痺してしまったそこは上手く動かなかった。 じゅる、と音を立てて唾液と共に舌を強く吸われる、瞬間腰がふわりと浮くような感覚と、そして。 「!!!!!」 その瞬間、目を開いた。 同時に勢いよく起き上がる それとほぼ同時にぶるりと背中に走る悪寒と、下半身の違和感。 「……えっ」 カイはそう呟いて布団をそろりと上げ確認する。 見ると、びっちょりと濡れたズボンが見えた。 カイは我が目を疑い、手でそれに触れる。 確実に濡れている。 それでもまだ信じられず、ズボンの中も確認する。下着からしてもう、濡れてベトベトだった。 「え、もらした…?うそだろ」 とうとう信じざるを得ない状況に追い込まれ、カイは頭を抱える。 「坊ちゃま、おはようございます」 「!!!!!」 その時、間が悪いことに瀬戸が入ってきた。 カイは布団に潜り体を丸くする。 なんで、なんで…! 濡れた下半身がひんやりとして気分が悪い。 なのに、顔は信じられないくらい熱い。 心臓がバクバクと鳴って、口から出てきそうだ。 「坊ちゃま、起きて下さい。朝ですよ」 瀬戸が布団に手をかけている。 「い、いやだ」 「いけません、起きて下さい」 「いーやーだっ!」 「いけません、朝食に遅れますよ」 「やだー!」 「いけません」 引っ張られる布団を抑えカイは篭城しようとするが、瀬戸は容赦なくそれを引っ剥がした。 「……おや」 そして瀬戸は直ぐにカイの異変に気がついた。 同時に目を細め、そして優しく言う。 「大丈夫ですよ」 「大丈夫じゃない、この年でもらすとか無い…」 「それはおもらしではありません、夢精です」 「……むせい?」 その聞き慣れない言葉に、恥ずかし過ぎて丸まっていたカイが顔を上げる。 涙が溜まったその目尻をハンカチで拭ってやると、瀬戸は微笑んだ。 「心配要りません、坊ちゃまくらいのお年頃なら、よくあることで御座います」 シャワーで体を洗い流しながら、カイはため息をつく。 瀬戸から話を聞いたが、ある意味おもらしより恥ずかしいような気がする。 「あんな夢見たからだ。それもこれも誉が昨日あんなことしたからだ。誉のせいだ。全部誉が悪い、誉が…ほま…」 そう理不尽な怒りをぶつけていたら、昨日のことが急に思い出されて、結局また恥ずかしくなってしまうカイだ。 顔を両手で覆ったまま動けなくなる。 「坊ちゃま、終わりましたか?」 すると瀬戸が浴室のドアをノックしてくる。 というか、そのまま開けてきそうな勢いだ。 カイは慌てて残りの泡を流して、ドアの方へと急ぐ。 「坊ちゃま、まだ体がちゃんと拭けておりません。またお熱が出ますよ」 「ちゃんと拭いたよ」 「ではその足の下の水たまりはなんですか」 「あれ、おかしいな」 瀬戸はため息をつきながらカイの体をふわふわのタオルで覆い拭いてやる。 一人で入浴し、着替えまで終えられるようになるにはまだまだ時間がかかりそうだ。 カイは体を拭き終え、差し出されたパンツを履くのだが、筋力がないので片足だとよろけている。 見かねた瀬戸が用意した椅子に腰を下ろし、至れり尽くせりの状態で下着を身に着けていると今度はいきなり脱衣所のドアが開いた。 「あぁ、いたいた」 「!!!」 突然の兄の登場に驚いたカイは、脱兎のごとく瀬戸の後ろに逃げ込む。 「何だよ」 「こっちの台詞だよ、急に入って来ないでよ」 「仕方ねえだろ、もう出ないといけないのにお前が部屋にいねーんだから」 「部屋に入ったのか?!勝手に?!」 「あ?兄が弟の部屋に入って何が悪いんだよ」 「兄さんだって、オレが部屋入ったら、きっと怒るだろ!」 「は?お前が俺の部屋に入る? そんなん怒るに決まってるだろバーカ」 「自分勝手!!!!」 「おやおや…」 背中に隠れるカイと、その態度が気に入らず眉を寄せ睨む航を交互に見、瀬戸は苦笑いだ。 「瀬戸、櫂の具合は?」 「ええ、もう熱もなく、咳も治まりましたよ」 「そうか、なら良かった。……ん?お前…」 「?」 航はそう言うと、ズカズカと近づいてくる。 カイの体をしげしげと見ながら瀬戸の後ろに素早く周ると、 「ひゃっ!」 いきなりカイの腰をがしっと掴んだ。 「なっ、なっ…」 唐突な兄の行動の意図を掴みかねて、カイは俄に混乱する。 すると兄は、 「お前、ガリガリじゃねえか。 もっと飯を食え、飯を」 と言いながら、その細腰をモミモミと揉んだ。 「さ、触んな!」 その手をピシャリと払い除け、カイは慌てて下着を着る。 それからズボンも履こうとするが、やはりよろけるので諦めて先にシャツを羽織った。 「違う、そうじゃなかった。 調子がいいなら、今日、行くぞ」 「へ?」 「眼鏡」 「あっ…」 そうだった。 兄と眼鏡を買いに行く約束をしていたのだ。 昨日誉に相談しようと思っていたのに、あんな事があったからすっかり忘れていた。 「早く買いに行った方がいいだろ。 でないとお前、出席日数ホントに足りなくなるぞ。瀬戸、俺今日昼前に学校終わるからさ。 12時半に店までこいつ連れてきて。 ロータリーで待ち合わせよう」 「かしこまりました」 「あ、昼食はいいぞ、そこで済ませるから」 「かしこまりました」 「えっ、兄さんと!?」 「……何だよ、不満か」 「や、家で食べ…」 「お前、俺に昼食うなって言ってんの?』 「いや、そこまでは言ってないし…。 食べてから集合にすれば良」 「は?」 「なんでもないです…」 酷い偏食持ちのカイは、そもそも食べられる食材も量もすごく少ない。だから、外食なんて片手で足りる位しかしたことがない。 しかも兄と二人でなんて、またやれ好き嫌いするな、食べ残すなだの何だのあれこれと怒られるに決まっている。そんなのただの地獄でしかない。 「やべ、もう出ないと間に合わねえ。 じゃあ櫂、後でな」 「はい…」 慌ただしく出ていく兄を、カイは肩を落としながら見送るしか無かった。 着替えと遅めの朝食を終えると、カイは誉に電話をした。 運良く直ぐに出てくれたのでホッとしながら、航との買い物に一緒についてきてくれないかとお願いしてみる。 しかし、誉は諾とは言ってくれなかった。 『それは流石の僕もついてはいけないよ〜』 「なんで、いいじゃん。兄さんと仲いいんだろ」 『そうだけど、わざわざ誘ってきたんだろう?それって君と二人でデートしたいってことじゃないの?』 「なっ、デート!? じゃ、じゃあお前は、その、こ、こいびとが他の男とデートしてもいいのかよ!」 『それは正直面白くないけど、まぁお兄さんが相手じゃ勝ち目はないよ。 勿論、他だったら許さないよ。 もしほんとに他の人とそんな事したら……うーん、ちょっと俺、君にも相手にも何しちゃうかわかんないな』 「えっ、怖っ。重っ」 『あはは、愛は重たいものだよ』 そう誉が言ったところで、電話の向こうから航の声が聞こえた。兄も大学に着いたのだろうか。 すると、誉の声が少し遠ざかる。 『あ、航、おはよう。いや何でもないよ。 え、やだなあ、どこから聞いてたの? 彼女かって?あはは、ご想像にお任せするよ』 そしてまた誉の声は近づいたのだが、 『講義始まるから、切るね。 今日はお兄さんと二人で楽しんでおいで』 と一方的に話すと電話を切られた。 「もーー!!!なんでだよ!」 カイは携帯電話を投げつけ、ベッドの上で膝を抱えた。 兄と出かけるのが怖くて、辛くて泣きそうだ。 そもそも兄は、これまで自分を完全に無視か、口を開いたとしても声を荒げて罵倒してくるかのどちらかだった。 そんな兄が、ここ一年ほど急に距離を詰めようとしてくる。 カイは、それか怖くてたまらないき、絶対何か良くないことを企んでいると考えている。 「なんだよあいつ。オレのこと、嫌いなくせに」 カイは膝を抱えながら呟く。 「絶対騙されない。 絶対兄さんに期待なんかしないからな、オレは」 そして自分にそう言い聞かせていたら、何だかとても悲しい気持ちになってきた。 なんだか鼻の奥がツンとしたので、カイはその膝に瞼を押し当て俯いて涙をこらえた。

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