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24.大学部①

櫂は窓の外をぼんやりと見ていた。 校庭の向こうに見える建物は、大学部のものだ。 櫂が通うのは、付属幼稚園から大学までの一貫校だ。特に希望がなければ内部進学で大学まで進む。その創立に大きく関わったのが曽祖父だそうで、以降如月家はその経営にも大きく携わっている。如月家の特に男子は基本医師になることを求められるため、必然的に親族は基本この学校に通うのが習わしだ。 勿論、兄の航も例に漏れず幼稚園からここに通っている。ちなみに櫂は持病の問題で幼稚園には通えなかったため小学校からの入学だ。しかし、義務教育期間は体調に加え不登校気味で殆ど通えていないのが実態だった。それでも外部から受ければかなりの難関である高等部に、何の問題もなく進学できたので、ここが如月家にとって都合のよい学校であることは間違いない。 ちなみに高等部と同敷地内に大学部の一部、医学部や工学部を始めとする理系学科のキャンパスがある。文系学部は別キャンパスだ。 従って、医学部である兄と誉は、あの向こうに見える大学棟に通い学んでいることになる。 「如月くん!」 するとその時、黒板の方から大きな声が聞こえた。 櫂がその方を見ると、顔を赤くして怒っている委員長がいる。 「ちょっと、聞いてた?」 勿論何も聞いてなかった櫂は、眉を寄せる。 また、一斉にクラスの視線が櫂に集まった。 彼女は腰に手を当て、若干前のめりでまた大声を出す。 「だから!体育祭の出場種目と係!どれにするのよ!あと決まってないの、如月くんだけよ!」 そうは言われても、櫂は元々体育祭に出るつもりなどない。その持病より、主治医から運動は固く禁じられているからだ。 「ちょっと、何黙ってるのよ。 何か言いなさいよ!」 櫂が回答を考える猶予も与えず、また委員長が叫ぶ。どうしたものかと困っていると、丁度担任がクラスに戻ってきた。 「先生、聞いてください!」 彼女は担任にそう飛びつくと、いかに櫂がクラスに非協力的かを説いた。 一方で担任は、困ったように頭をかく。 如月家の子供に何かあれば、自分の首が飛びかねないのだ。だから彼は櫂を責めることはしない、出来ない。 代わりに委員長を宥めながら、 「如月くんは、健康上の理由で体育祭には出場できないからな。今回は免除でいいだろう」 それに対し 「あ、先生また如月だけ贔屓してる、ズルいなー」 と、事情を知らぬ生徒たちの不満が口々に投げかけられた。 櫂はどこか達観しながらそれを見ていたが、だんだん飽きてきたのでまた頬杖をついて窓の外を見た。 「こういうのは贔屓ではなくて、配慮という。 体の都合であれば仕方ないだろう。 ほら、これで決まったな。委員長も席に戻れ」 担任は上手く言い訳をつけてクラスをまとめると、プリントを配り始めた。 最初、口々に不満を口にしていたクラスメイトたちだが、プリントの中身を見ると直ぐに話題の中心がそれに移る。 「期末テストの範囲だ。 以降の試験結果は、2年次のクラス選定に考慮されるからな。皆、気を抜くんじゃないぞ」 この学校では、2年次以降のクラスが成績別に振り分けられる。いくら内部進学といえど、上位クラスに入れなければ難易度が高い医学部の推薦は取れない。 ちなみに兄の航は、成績は常にぶっちぎりで学年1位、且つ部活動のテニスでは部長を勤め全国大会優勝という結果を残し、更に生徒会長までこなしたので、伝説の人になっている。 一方で、弟の櫂は成績は泣かず飛ばずの帰宅部生。おまけに不登校気味ときた。 冷ややかな視線を向けられる事も少なくはない。 「……」 櫂は、配られたプリントをじっと見据える。 「あいつ、何であんな必死に見てるんだろうな」 「どうせポンコツなんだから、いくら見たって無駄よね〜」 クラスメイトがそうコソコソと揶揄するのを気にすることもなく、櫂は一通り中身に目を通すとぐしゃりとそれを丸め鞄に放り込んだ。 そしてホームルーム終了のチャイムと共に席を立つ。 「如月、久しぶりに来たと思ったら今日一言も喋んなかったな」 「というかオレ、アイツ喋ってんの見たことねーんだけど」 「ホント凄く変わってるよね。お兄さんはあんなにすごい人なのに、何で弟があんななんだろうね」 「色も真っ白だしホント気持ち悪いんだけど」 そんなヒソヒソ話を背に受けながら、櫂は教室を出た。 校舎を出る前に、図書館に向かう。 図書館は大学部と高等部の真ん中にあり、その一部を共有している。大学部の専門書がある書庫に入るには学生証を兼ねるICカードが必要だが、それ以外は高等部の学生証でも入館が可能だ。 櫂は借りていた本を返却棚に戻し、新刊が収められている棚を見る。そこから数冊を抜き取ると、 「お、櫂くん、いつも良いチョイスするよね〜」 と、後ろから声をかけられた。 振り返ると一人の生徒が、ニコニコしながらこちらを見ていた。 彼は一つ上の二年生、名を皐月という。 図書委員で、いつもカウンターで司書の手伝いをしている。櫂がよくここに通うので、何となく顔見知りになった。 彼曰く、櫂と本の趣味が非常に合うらしい。 それもあって、最近では姿を見かけると必ず話しかけてくる。 とはいえ相手をするのは面倒なので、櫂は返事をすることなくまた本棚に向き合い本を選び始める。 それでも皐月はめげることなく、櫂の横に立った。 「櫂くん、眼鏡変えたの? 可愛いね、よく似合ってる」 「……」 「それだったら、旧作から読んだほうが良いよ。 それだけでもまあ面白いんだけど、前の話とリンクしてるとこあるからさ。持ってきてあげる」 「……いえ、結構です。もう読んだので」 「あ、やっと喋ってくれた」 「……」 この皐月の掴みどころのない飄々とした所が櫂は苦手だ。だからため息をつくと皐月を置いて貸出しカウンターへと向かう。 彼は深追いしてくるわけでもなく、 「またおいでね、待ってるよ〜」 と言い、ニコニコしながら手を振った。 本当に何を考えているかわからない男だ。 だからこそ怖くて、あまり関わりたくない。 図書館を出ると、丁度大学部に繋がる門がある。 出入りは自由なのだが、そこから先に櫂は足を踏み入れたことがない。 "この向こうに、誉、いるのかな…" いつもならさっさと帰るのだが、今日はふとそんなことを思ってしまった。 左手のブレスレットに触れながら少しだけ考える。 "あっち行ったら、会えるのかな" 櫂は、門の前でふうと息を吐いたあと、意を決したように大学部のキャンパスへと足を踏み入れる。 とはいえ、医学部の棟がどこにあるのかはさっぱりわからない。一応看板があったのでその通り歩いてはいるものの、進めど進めど同じ様な棟がたくさんあるだけで、なかなか目的地にはたどり着かない。 そうしているうちに足も疲れ、櫂は早々に心が折れた。 "いくら何でも広すぎる" 息が切れてきたので、近くにあったベンチに腰を下ろす。カバンから水筒を取り出して飲みながら休んでいると、向こうから二人の学生が歩いてくる。 テニスウェアを着ているから、テニスサークルの人だろうか。もしかしたら兄を知っているかもしれないと思ったが、話しかける勇気など勿論持地合わせていないので、そのまま俯いて水筒の茶を飲みながらやり過ごそうとした、が。 「あれ?あの高校生、如月弟じゃねーか?」 なのに、何故か、うち一人に速攻でバレてしまった。櫂は驚いて頭を上げる。 するともう一人が、 「うわビックリした、小さい航じゃん。 似過ぎ」 と、櫂の顔を覗き込みながら言う。 櫂はただただビックリして、何もいえない。 固まっている櫂を見て、もう一人が 「おいおい、驚かせちゃったじゃないか。 ごめんな、航から弟は全体的に白いって話聞いてたから。君、如月航の弟だろ?」 と言って頭を下げてきた。 櫂は怖ず怖ずと頷く。 一方で、もう一人の方は相変わらず不躾に、 「もしかしてアルビノ?初めて見たんだけど。 すげー、ホント真っ白だ」 と、興味津々と言った感じで顔を覗き込んでくる。 「やめろよ、怖がってるだろ。 それで、こんなとこでどうしたの? あっ、お兄さんに用事かなにか?」 「あ、は、はい…」 正確には違うが、今は頷いておいた方が良さそうだ。すると彼はニコッと笑って、 「医学部棟はあっちだよ。 少しわかりにくいから、連れて行ってあげるよ」 と、優しい提案をしてくれた。 医学部棟は、そこから更に5分ほど歩いたところにあった。他の学科棟より古いのは、この大学が元々医学部から始まった名残だ。 「今の時間だと実習室かな」 「や、航から教授に呼ばれてコートに来るの遅れるってメッセージ来てたからな。 いつもの木下教授のところじゃないか」 「またか。ホント気に入られてるよな〜」 「まあ、優秀だからな、あいつ」 「けど木下教授に気に入られてるなら将来安定だよな」 「まあ、あいつは別に気に入られなくても大安定だと思うけど」 「確かに〜」 そんな二人の会話を聞きながら、櫂は後ろをついて歩く。 そしてそのままエレベーターに乗り、三階で降りてすぐの部屋の前で二人は止まった。 そして、特に躊躇することなくそのドアを開くと大きな声を出す。 「航、いるか?」 少しして、聞き慣れた足音が響いてきた。 「何だよお前ら、今日は遅れるって…」 「いや、迷子の子ウサギさんをお届けに来たんだ」 「は?ウサギ?……って、櫂?」 航は二人の後ろに弟の姿を見つけると、直ぐに歩み寄ってきた。 「どうした?何かあったのか?」 「あはは、並ぶとホント兄弟そっくりだな。 判子みてえ」 「似てねえし」 「ま、じゃぁ俺達戻るわ。 バイバイ、弟くん」 「あっ、ありがとうございました」 「おう、弟が世話になった、ありがとうな」 櫂は慌てて二人に頭を下げ、航がそう礼を言うと二人は片手を上げてエレベーターに消えて行く。 残された櫂は、兄に改めて向き直る。 白衣姿が、新鮮だ。 「で?わざわざこんなところまで、俺に何か用……いや、違うな、きっと用があるのは俺じゃないな。ちょっとそこで待ってろ」 航はそう言うともう一度ドアの中に引っ込んだ。 言われた通り少し待つと、次に兄よりも大人しい足音が近づいてくる。 次にドアを開けて出てきたのは、 「えっ、櫂?ホントに?」 櫂が一番会いたかった誉だった。 こちらも見慣れない白衣姿だ。 航とは違い、少し捲った袖から筋張った腕が見えていて、いつもよりも更に格好良く見える。 だから、何だか少しドキドキしてして来てしまった。 「わっ、新しい眼鏡してる。 うわあ……可愛いなあ」 誉はそう言うと屈んで櫂の頬に手を伸ばす。 「よく似合うねえ。前のも可愛かったけど、これはもっと可愛い」 こんなところを誰かに見られたら恥ずかしいので、直ぐに櫂はその手を払ったが、 「それ、ちゃんとしてくれてるんだね。 嬉しい」 と、誉は気にしない様子でにっこり微笑んだ。 そして櫂の左手を取り、その甲にチュッと口づける。 「……っ!!」 いつ誰が来るかわからないのにそんなことをするなんて本当に驚いて、櫂は思わず手を引く。 するとそのタイミングで航が戻ってきた。 「おい、誉、櫂………ん? 櫂、どうした?お前、顔真っ赤だぞ」 「あはは、新しい眼鏡がとても似合うねって褒めたら、照れちゃったみたい。可愛いよね」 「はぁ?何だそれ」 「そうだ櫂、折角来たんだから、ちょっとお手伝いしてよ」 「え?」 「こっち、薬品庫見せてあげる。 航、櫂借りるね。あ、荷物重いよね。 はい、航、僕の席にでもおいておいて」 「俺は荷物持ちかよ」 「そう、弟の荷物位持ってやって」 誉はそう言うとカイの荷物を取り、航に渡す。 そして、 「あっちだよ」 と、ごく自然に櫂の手を引いて歩き始めた。

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