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27.週末デート②

キッチンの方から良い香りがする。 カイは本を読むのを止めて、その方へと向かう。 誉が煮込んでいるそれはスープのようだが、いつもと様子が違っていて、白くてトロトロしているように見える。人参とジャガイモが見えている。 「これなんだ?」 「クリームシチュー、食べたことない?」 「シチューなのにクリーム?ないと思う」 「そうか、カイにとってはシチューはビーフの方か」 「うん、兄さんが好きだよ。 オレは絶対食べないけど」 「ビーフシチューはどっちかと言うとスープと言うよりは肉料理だからね…」 以前如月邸にお世話になった時、まるでホテルの様な本格的なビーフシチューが出てきたのを思い出しながら誉は苦笑いだ。 あれは確かに肉嫌いのカイには無理だ。 ちなみに今日のクリームシチューは、肉嫌いのカイのためにベーコンで作っているので食べられるはずだ。 シチューに興味津々なカイは、コンロに近づいてじっとそれを見ている。 まるで子供のようで可愛らしいが、コンロは一応火なので、 「あんまり近づくと危ないよ」 と、制した。 そしてカイの興味が本から夕食の支度に向いたのを利用して、誉はドレッシングボトルをカイに見せ、 「カイくんもお手伝いしてください。 こうやってシェイクして」 と、お手本にそれを軽く振った後手渡した。 明るいオレンジの液体が入るそれを不思議そうにカイは眺めた後、控えめに振り始めた。 「これなんだ?」 「キミが好きな人参のドレッシング。 もっとちゃんと振らないと美味しくならないよ」 「んん…」 カイは不器用なのに加え、体幹が弱いのでボトルを振るのも一苦労のようだ。 それすら愛しく思いながら、誉はサラダ用の野菜を切り分ける。 アパート備え付けのコンロは一口なので、2人分の食事を作るとなると不便だ。 卓上コンロでも買おうかと思ったが、それはそれでこのウサギが興味本位で何かしでかして怪我をしそうな気もするから決めあぐねている。 「カイ、ここ狭いから向こうに行こう」 シチューを煮込む間は必然的にコンロが使えないので、テーブルの方へと移動する。 そしてボールを置いて、ピザ生地のミックス粉を櫂に渡した。一瞬きちんと生地から作ろうかとも思ったが、今日は時間優先だ。 カイは渡された粉をまた不思議そうに見ているので、その封を切りながら、 「この中に入れるんだよ」 と、教えてやる。 「こぼさないようにね」 「ううん」 カイがそろそろと中味をボールに入れるのを横目で見ながら、水を取りに戻る。 「できた!」 「うん、上手だよ。お利口さんだね」 誉は褒めてやると、今度は水をカイに渡した。 「次はこれを入れて」 カイの偏食の一端は、食への興味のなさだと誉は思っている。だから誉は無理矢理食べさせるよりも、まずは食育を心がけることにした。 如月家は、全体的に食に対する興味が薄い印象だ。基本は雇いのシェフが自宅のキッチンで栄養士の献立を元に食事を作る。家族の好みは反映されない。そしてキッチンに家族は立ち入らないので、カイは食材を調理しているところをこれまで全く見たことがなかった。それでは給食と同じだ。 食材は高級なものが使われており、シェフの腕も勿論良かったのだが、同時に誉はどこか味気ない食事だなと思っていた。 「何してんの?」 「ピザ生地を作っているんだよ。 ピザの下にパンみたいなのがあるだろ、あれ」 「……全然粉だけど」 「これからこねると生地になるよ」 「えー」 「ほら、手を洗ってきて。カイがこねるんだよ」 「ええっ」 「早く行った、行った」 「……わかった」 「ちゃんと石鹸で洗うんだよ」 「わかってるよ」 カイは初めての小麦粉の感触に眉をしかめながら、一生懸命生地を混ぜている。 途中、横から誉が手の隙間からこぼれた生地をまとめて大元に戻してやった。暫くそうしていると、生地はすぐにまとまってきた。ミックス粉を買ったのは初めてだが、よく出来ていると誉は感心する。 「出来た!」 カイは嬉しそうにボールを誉に見せてくる。 「上手にできたね。 君、ピザ屋さんになれるんじゃないか」 ちゃんと褒めてやると、やはり嬉しそうだ。 今度はそれを伸ばす工程だ。 小さめのフライパンを持ってきて、それに合うように伸ばすよう指示をする。最初は要領を得ていなかったが、手本を見せればちゃんと出来る。 カイは不器用という以前に、やはり物を知らなすぎるのだなと誉は思った。 生地が準備できたので、今度は具を乗せていく。 「何にしようかな」 誉が冷蔵庫を開くと、カイがついてきた。 「まずはチーズ。マッシュルーム、シチューの残りがあるから入れようかな。 カイはあと何がいい?」 「トマトある?」 「あるよ、いいね。それから、生ハムとベーコンかあるなあ、どうしようか」 「両方のせるのは?」 「あはは、いいね、そうしようか」 そして二人で仲良く具を乗せて、準備は万端だ。 「カイ、料理上手じゃないか」 オーブンを用意しながら誉が言う。 「そうかな。けど、楽しかった」 「明日、カイのエプロン買ってこようね。 また一緒に作ろう」 「うん、いいよ」 シチューの仕上げをし、ピザを焼く間二人は少しだけゆっくりすることにした。 誉が注いでやった麦茶をちびちびと飲みながら、ふとカイが言う。 「そういえば、期末試験の範囲が出た」 「おや。見せてくれる?」 カイは頷いて、端っこに寄せていたカバンから丸くなった紙を持ってくる。ちなみにこれはカイ的には折っている状態だ。 それを丁寧に伸ばし、誉は内容をチェックする。 「ああ、そうか。期末試験は副教科があるんだね」 「そうなんだよ。五教科はいいんだけど、副教科は全然わからないんだ」 「うーん、そうだねえ」 「期末試験から、学年順位が来年のクラス分けに影響するから、オレ、いい点数取りたい」 正直、副教科は盲点だった。 これらは所謂一般常識だが、カイの場合はこれが著しく足りていないのだ。 「大丈夫、何とかするよ。五教科よりは簡単だし、今からやれば全然間に合うよ」 「うん…」 「そうしたら、授業の日をしばらく増やしてもらおうかな。お母さんに言っておくね。 それから、副教科の教科書の写真を送るように瀬戸さんにお願いしてくれる?」 「わかった、ありがとう」 「カイのその言葉が聞けただけでも嬉しいよ。 一緒に頑張ろうね」 「うん」 先日話をした医学部の受験について、カイが前向きに考えていた事を誉は嬉しく思う。 カイは地頭が良いし、記憶力も悪くない。 きちんと要点を絞り勉強さえすれば問題ない筈だ。 「オレ、頑張るよ」 「頼もしいね。 カイなら絶対大丈夫だよ」 誉が頭を撫でてやると、カイは嬉しそうにまた頷いた。 丁度その時、ピザが焼けた音がした。 「わぁ」 ピザをオーブンから出してやると、カイがそれを覗き込んで目をキラキラとさせている。 「カイが作ったピザ、美味しそうだね」 「うん」 ピザとシチュー、それからサラダを並べるとカイは嬉しそうに手を合わせた。 やはり自分で作ったものには興味があるらしい。 いただきますをして、誉が取り分けてやったピザに一番にかぶりついた。 「熱い」 「落ち着いて食べて」 「ん…」 「美味しいね」 「うん」 自宅で食事を一緒に取った時は、俯いて黙ったまま、一口、二口だけ口に入れて箸を置いてしまっていたカイだ。 それがこうやってニコニコしながら食べている姿が見れるまでになったことが、誉は純粋に嬉しかった。 「誉と食べるご飯は楽しい」 2つ目のピザをかじりながらカイがふとそんな事を言う。 「食事がこんなに楽しいなんて、オレ、知らなかった」 その言葉に、誉はあの如月邸の豪華で空虚な食事を思い出した。 だからカイの頭を優しくなでてやる。 「俺も、君と食べるご飯は楽しいよ。 これからも、一緒に食べようね」 「うん」 するとカイはエヘヘと笑い、残りのピザをその口に放り込んだ。

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