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32.週末デート⑦
目的地のプラネタリウムに到着したのだが、予約している上映時間時間までまだ時間がある。
待合にカフェが併設されているので、そこで少し休むことにした。
元々この街はデートスポットが多いことで有名だが、最近できたばかりのこのプラネタリウムは目新しさもあり、特にカップルが多い印象だ。
「あれを見るんですか?」
丁度席から見えるポスターを指さして櫂が問う。
「そうだよ、楽しみだね」
「はい」
「じゃぁ、俺が買ってくるから、櫂はここで待っててね。何がいいかな」
櫂は恐らくレジカウンター上のメニューは見えないので、スマフォの画面を見せてやる。
月や星をテーマにしたドリンクやフードがそこには並んでいる。最近の流行りに乗って、どれも映えて可愛らしい。
こういうのは迷うかなと思ったが、意外にも早くカイはメニューを決めて指をさした。
「これがいいです」
「なにこれ、ボトルが光るんだ。面白いね」
「綺麗です」
「そうだね。2つあるけどどっちがいい?」
「青がいいです」
「わかったよ。フードはいる?」
「飲み物だけでいいです」
「了解」
誉は櫂の頭を撫でてレジカウンタへと向かう。
列の最後に並びながら、ふと櫂を見る。
頬杖をつきながら待っているその姿は、とても可憐で可愛らしい。体も小さくて華奢なので一見すると女の子にしか見えない。
また、一旦距離を離れて冷静に見ると、櫂は周りからいい意味で浮いている。
今日はあまり日差しが強くないので、帽子を被らせていないのもあり、周りとの差が際立っている。
周りのカップルや、他の待合客がチラチラと櫂を見ながら話をしている。それもその筈だ、その透き通るような純白の容姿は稀有で尊い。
そしてこの天使が自分のものなのだと思うと、誉は強く多幸感を覚えた。
すると、櫂がふとこちらを見ているのに気がつく。
目が合うと、恥ずかしそうに手を小さく振ってくれる。誉が返してやると、嬉しそうに笑む。
一方で櫂は、誉に手を振りながら改めて彼の格好良さを実感した。
だってさっきから後ろに並んでいる女子高生も、その横を通りがかった女性も、前に座っている人なんて恋人らしい男性が横にいるのに、ずっと誉を見つめている。
兄が誉は彼女が途切れたことが無いといっていたが、それも頷ける。そしてそんな人が本当に自分でいいのだろうかと不安になってきた。
だって自分はこんなおかしな見た目だし、体も弱いし、何も出来ないし、そもそも男だ。
それに色々助けてもらってばかりなのに自分は何も返せるものがない。このままだと愛想を尽かされてしまうのではないだろうか。
またネガティブな考えの渦に呑まれそうになった所で、突然肩を叩かれた。
誉かと思って振り返ると、全然知らない二人組だ。驚いて固まっていると、彼らはニコニコしながら言う。
「ねえねえ、一人なの?いくつ?」
「凄く可愛いね、お兄さん達と遊ぼうよ」
知らない人に話しかけられるといつもそうだ。
怖くて上手く返せない。
それに、肩を触られているのも凄く気持ちが悪い。誉はまだ戻らないのだろうか。
レジの方を確認すると、丁度店員と話をしていて難しそうだ。
いや、違う。
誉に頼ってばかりではきっと駄目だ。
ちゃんと自分で言うべきだ。
少しでも格好いい誉に似合う人間にならなければ。
櫂は意を決して二人に向き直った。
そして、
「一人ではないです、恋人と来ています。
それから、触らないで下さい」
と、頑張って声を張って言い返した。
するとその時、カイの肩を持っていた片割れの男の方から、ゴキっッという鈍い音がした。
男の肩がダラリと下がる。
「僕の可愛い恋人に何か用事かな?」
男の背後から現れたのは、誉だ。
そしてまた次の瞬間鈍い音がして、その肩が元の位置に戻ったように見えた。
一方で彼はあまりの激痛に蹲る。
「テメェ」
頭に血が登った男が食って掛かる。
誉はその繰り出された拳を簡単に受け止め、
「君たちこそ何ですか?
警察を呼びますよ」
「お前こそ、こいつに何したんだよ」
「言いがかりは止してもらてるかな
うちの子に汚い手で触っていたので払い除けただけだよ」
するとその時、騒ぎを察し警備員が走ってくる。
誉は持っていたトレイを櫂に渡し、先んじてその方に向かう。
それを見た男たちは部が悪いと思ったのだろう。
慌てて逃げ出してしまった。
誉は眉を寄せてその背を見送り、警備員に会釈をしてからこちらに戻ってきた。
「怖かったね」
「はい…」
怯えきってしまった櫂に優しく微笑み、横に腰を下ろす。
「けど…そっか。
恋人と来てます、かぁ…」
そして誉はふうっと息を吐いて言うと、ふふと笑った。
「櫂が自分であの人たちを拒んでくれたの、凄く嬉しかったよ。
俺のためにすごく頑張ってくれたね、ありがとう」
「誉先生のため…」
「違うの?
俺のことどうでもいいと思ってたら、あんな風に君は頑張る必要ないと思うけど」
「それは…」
「俺のことが好きだから、俺と一緒にいるから、だから頑張ったんでしょ。だとしたらそれは俺のためなんだよ。
櫂、かっこよかったよ。惚れ直しちゃった。
こんなに素敵な子が恋人で俺は幸せだよ」
誉がそう言ってくれるのなら、勇気を出して良かったと櫂は思った。少しだけ彼の恋人に相応しい
振る舞いができたということだろうか。
「さて、余計な邪魔が入っちゃったね。
はい、これ櫂の。どうぞ」
「ありがとうございます。
本当に光っています!」
「ね、写真より可愛いよね」
「はい。それに誉先生、甘いものたくさん」
「そうなんだよ。
見ていたら選べなくなってしまった…。
櫂も手伝ってね」
トレイにはクリームたっぷりのドリンクに、ドーナツが3つ、アイスクリームが2つ。
誉は本当に甘いものが好きなようだ。
早速アイスクリームを一口食べる毎に嬉しそうに口元を緩めている。
そんな姿を見ていたら櫂も嫌な気持ちが吹き飛んでしまった。
航は誉が甘いものを食べているのが絵面が似合わなすぎて面白いと言っていたが、それに囲まれて嬉しそうにしている姿も可愛いし、案外似合うと思う。それに見ているこちらまで幸せな気持ちになってくる。
「櫂、これ美味しいよ。はい、あーん」
誉がスプーンにアイクリームを乗せて櫂に差し出してくる。
すると櫂は途端に顔を赤くしながら、そのスプーンを見つめて固まってしまった。
「どうしたの?アイス嫌い?」
「いいえ、ええと、それは…その」
そして櫂は誉を上目遣いで見て、モジモジとしながら言うのだ。
「か、間接キスだなって…」
「……え?」
誉は一瞬固まる。
そして次に、派手に吹き出して笑い始めた。
「ちょっ、何でそんなに笑うんですか!」
「いや、あはは、そんな…」
誉は腹を抱えて笑って、クリームたっぷりのドリンクを一口飲む。
そして要約落ち着いた後、カイの方を向いて返すのだ。
「何回も直接キスしてるのに、今更間接キスって。本当に君は可愛いね」
「だ、だって!」
「ふふ、駄目だ、面白すぎる」
「もう!」
「分かった、分かった。そんなに怒らないの。
美味しいから櫂にも食べてほしいな」
ぷくんと膨れた櫂に、誉はもう一度スプーンに、乗せたアイスクリームを差し出す。
「はい、どうぞ」
「……」
櫂は照れながらも口を開けて、誉に顔を近づけた。
ちゅっ、という音が響く。
それは一瞬の事だったし、思っていた感触と味と違ったので櫂は眉を上げる。
にんまりと笑って離れていく誉と目が合った。
「ちょっ……ムグッ」
文句を言ってやろうと口を開いた瞬間、口の中に冷たいアイスクリームが放り込まれる。
「美味しい?」
「…………おいしいです」
「だよね、良かった」
誉は同じスプーンでまたアイスクリームをもう一掬いして口に運ぶ。
「……またキスしましたね。
こんなにたくさん人がいるのに」
「ん?でも、お陰で間接キスは恥ずかしくなくなっただろう?」
誉はツンと櫂の頬を突付くと、もう一口を差し出した。
「さ、まだまだあるよ。一緒に食べよう」
「……もう…、わかりました」
櫂は、はぁっとため息をついてそれをパクンと口にする。
それは、何だかとても甘酸っぱい味がした。
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