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40.ゼミ飲み③

「誉くーん、えへへ」 「葵ちゃん、飲み過ぎじゃない?大丈夫?」 甘えるように肩に頭を乗せてくる葵に、誉は苦笑いだ。 さっき話の流れで知ったのだが、葵は雑誌の読者モデルをしていて、SNSでもインフルエンサー的存在なのだそうだ。 確かによく見れば、まあまあ顔は整っている方か。カイの方が比べものにならないくらい、ずっとずっと可愛いけど。 誉はそんなことを思いながら表面上は優しい元カレを取り繕う。 「お、熱いね。復縁成功か〜」 「ホントー、美男美女で映えるカップルだよねえ」 「先輩、止してくださいよ。 まだちゃんと二人で話が出来ていませんから分かりません。 ほら、葵ちゃん、お水もちゃんと飲みなね」 「え〜?」 葵は相当駄目なようで、ふにゃふにゃとしている。もうすぐ寝てしまうだろう。 先日カイを眠らせた薬の効きの良さを改めて実感しながら、誉は水を少しずつ彼女に飲ませてやる。 「てかさ、やっぱ誉くん面倒見いいし、すごく優しいよね。 葵、何が不満だったんだろ!」 「葵、ちょっとワガママなトコあるからねえ」 「まあまあ、君たち。 お酒の席とはいえ、お友だちにそういうこと言うのはやめようね」 「流石誉くん、心までイケメン〜」 「あ、葵、寝ちゃったね」 「うーん、そこに転がしとく?」 思惑通り葵が寝入ったので、誉はやっと肩の荷が降りた。端っこに座布団を並べた簡易寝床に姫抱きで葵を運ぶと、また周りから冷やかしの歓声が上がる。イライラするがここは我慢だ。 そこにそっと寝かせて、自分の上着をかけてやったタイミングで丁度木下から声が掛かった。 勿論物凄く行きたくなかったが、ここにいるよりはマシなので軽く周りに会釈しそちらに向かう。 日本酒を片手に出来上がっている木下は、誉に横に座るよう促す。他の人の手前従うと、調子に乗って猪口を誉に出してきた。酌をしろと言うのだ。イラッとしたが、仕方がない。 「どうぞ」 誉は慣れた手つきでその通りにした。 すると満足そうに彼は頷き、誉の尻を揉んできた。それは流石に腹が立ったので、きつくその手を抓ってやる。しかしそれをご褒美だと思ったのか、彼は嬉しそうに赤くなった手を振って見せた。 尚、木下を挟んで向こうにいる助教授も猪口を出していたが、それは完全に無視をした。 「君も飲みなさい」 木下はそう言うと、誉に猪口を渡す。 「はぁ、いただきます」 誉がそれを一気に飲み干せば、また次が注がれる。それをその場にあった徳利3本分繰り返したところで、航が口を挟んだ。 「誉、大丈夫か?」 「あぁ、うん。大丈夫。全然飲んでないし」 「いや、俺が見てる限りビール10は行ってるぞ」 「ここまでくると、誉くんが酔ってるところを見たくなるよねえ。如月くん、追加頼んで」 「教授、アルハラは駄目ですよ」 「この程度ならまだ大丈夫だよ。 航、甘いの頼んでくれる?」 「まだ飲むのかよ」 「待って、そっち行く」 巧妙にそう言って木下から離れ航の横に戻り、誉はタブレットを一緒に見つめる。航は更に周りを見渡し皆のグラスの状況から、気を利かせていくつか追加で飲み物を頼んでいる。 「君さぁ、ちっとも御曹司らしくないよね」 「は?何が」 「いや、その気遣いの良さを褒めてるんだよ。 航はお利口さんだねえ」 「お前な…酔って俺を櫂と勘違いしてないか」 「勘違いするはずないでしょ。 櫂くんの方が君よりずっと可愛い。突き抜けて可愛い。そうそう、この前泊めた時もさあ、すっごく甘えてきてくれてさ〜まるでウサギさんみたいでさ〜」 「兄貴の前で弟とのことをノロケるのやめてもらえるか」 「あはは。 いやもう本当に櫂くん、怖いくらい可愛いからさあ」 「さてはお前、顔に出てないだけで相当酔ってるな?」 「まあ、それなりにはね。 というか、航は全然飲んでないじゃない。 どうしたの、体調悪いの?」 「いや、俺、あんま酒強くねえから。 コレでいいんだよ」 そう言って航はウーロン茶のグラスを見せる。 「ふうん…」 そしてそれを見た瞬間、酔いも手伝って、誉は悪い癖と興味が出てしまったのを自覚した。 「ガードが固いドノンケ御曹司がグダグダに酔ってるところ、見てみたいですね」 「うわっ、満、ビックリした」 いきなりそう心の声を代弁することを耳元で囁かれて、誉は思わず反対側に仰け反る。 「理性を飛ばしてぐちゃぐちゃになっているところはさぞ可愛いでしょうねえ」 「……まあ、可愛いだろうね」 「罵られて、煽られまくって、男のプライドをへし折られて泣いているところとか、そそりますよね」 「それは……そうだねえ」 誉と満は頷き合い、ぐっと握手を交わす。 「あれ?お前ら、結局仲直りしたのか?」 「だから言ったでしょう。 私達は元々仲がいいんですよ。ね、誉」 「そうだね、利害さえ一致すればね」 「?」 そして三十分後。 悪魔な二人の結託により、簡単に、そして見事に航は落ちた。 「航、大丈夫?」 「ん〜…」 机に突っ伏したしたまま航は動かない。 「如月くん、お酒弱いのに飲んじゃったの?」 「ウーロンハイと間違えちゃったみたいなんだよねえ」 「あー、あるあるだねえ」 「申し訳ないけど、葵ちゃんお願いしてもいいかな。その状態の彼女を自宅まで送るのは流石の僕でもちょっと…」 「そうだね、その方がいいね。任せて〜」 宴会もお開きとなり、徐々に人が捌け始める。 誉は航に付き添いながら、それらを見送った。 すると、通りすがりざま無神経な木下が寂しそうに声をかけてくる。 「誉くん、二次会来ないのかい?」 「行ける状況に見えますか?」 「残念だねえ。じゃぁ、次だね」 「次回、本日のお酌代、お触り代、その他サービス料込みで割増します」 「誉くんは厳しいねえ」 そして最後に会場に残ったのは思惑通りの三人だ。 「これはウーロンハイ 3杯の酔い方じゃないなあ。満、何か盛ったでしょ」 「人聞きが悪いなあ。開発中のものを少し」 「しっかり盛ってるじゃないか。 もう、多少意識ないと面白くないよ」 「その辺はうまく調整してますよ、勿論」 「ふうん…? ほら、航、大丈夫? 飲み会終わっちゃったよ、帰れる?」 「ううん…らいじょぶ、かえゆ」 「いい感じに駄目ですね、これは」 「そうだね。よいしょ」 「流石ですね」 「君もちょっとは手伝ってくれてもよくない?」 「私はペンより重いものは持たない主義なんですよ」 「ハイハイ、相変わらずだねえ」 誉は軽々と航を姫抱きし起き上がる。 満はその荷物を持って後に続いた。 「私のマンション来ます?」 「そうだね、ウチ微妙に遠いし狭いし」 「いい加減広いところに越せばいいじゃないですか」 「まあ、俺、一応苦学生キャラだから」 「その割には随分この子の弟に貢いでますよね。化けの皮が剥がれるのも時間の問題では?」 「カイはその辺の常識が全部抜けてるから大丈夫だね。というか、何で知ってるの、気持ち悪…」 「可愛い子は一通り目をつけてるので」 「ホント君は小児科医にならないほうが社会のためだと思うよ。あとカイに手を出したら殺すよ」 「弟くんは微妙にストライクゾーンを外れてるのでご心配なく。顔は好みなんですが、純粋で素直過ぎるんですよね」 「そこが可愛いのに。分かってないな」 「君ほど他人に依存されることに価値を見いだせないんですよ。自立してる人間のプライドをズタズタにへし折る方が余程いい」 「変態ドS過ぎて退く」 「その言葉そのままお返しします」 満が下宿しているのは、繁華街から程近い高級マンションだ。そのためにわざわざ親から買い与えられたと聞いている。全く医者というのは良い商売なのだなと改めて誉は思う。 身一つで故郷を出て来ざるを得なかった自分とは大きな違いだ。 勿論、そんなことを思ったとて何の意味もないことはわかっている。しかし、彼らとは実力や努力では埋められない差があることもまた事実なのだ。 誉は目を伏せる。 彼らに勝つためにはどうしたら良いのか、未だ答えは出ない。 満が住むタワーマンションにようやく着いた。 3年ぶりに入った元カレの部屋は、当時と全く変わらない。家主同様、生活感が全くない面白みのない部屋だ。 この家の勝手はわかっているので、誉は入るとそのまま寝室に向かう。 几帳面に整えられたベッドに航を転がすと、彼はウウンと声を出し、猫のように丸まって寝始めた。その寝姿が本当に弟にそっくりだ。 だから思わず誉は口元を緩め、その頭を優しく撫でてやった。

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