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42.航の受難②
航は意識の浮上と同時に勢いよく起き上がった。
肩で息をしながら目を見開き、それから頭を抱えた。
昨夜のことを思い出そうとしたが曖昧でハッキリと思い出せない。喉がカラカラで痛む。
何だったんだ、あれは。
頭を抱える。
するとその時、ドアを開く音がした。
その方を向くと、満がいた。
「あぁ、起きましたか。おはようございます」
彼はベッドサイドに膝をつき、サイドテーブルに盆を置く。
「気分はどうですか?貴方、飲み過ぎですよ」
「飲み過ぎ…?」
思わず尻ひとつ分壁の方に下がり、航は問い返す。
「ええ。ウーロン茶とウーロンハイを飲み間違えてね。動けなくなったんです」
「ええと……すまない」
「私ではなく、誉に言ってやってください。
寝入った貴方をここまで運んだのは彼です」
「それは悪いことをしたな…」
「まあ、彼も相当酔っていた様で、貴方をここで寝かすなり落ちてましたけどね」
「ここは?お前んち?」
「ええ、そうです。
喉が乾いたでしょう、お水をどうぞ」
「ああ、ありがとう……」
航は差し出された水をゆっくり嚥下する。
乾いた喉と体に沁みる、とても美味い。
喉が満たされて冷静になった航は、満と室内を観察する。特におかしい様子はない。
やはり微かに記憶に残るあれは、夢だったのだろうか。
「誉は?」
「今朝、大慌てで出ていきましたよ。
本職の方のゼミで外せない試験があるとか何とか」
「そっか、今日試験があったのか。
無理に誘って悪いことしたな……」
「まあ、彼のことだから大丈夫だと思いますけどね」
話をしながら、満がコップに水を継ぎ足してくれた。
「ちなみに木下ゼミは今日は臨時でお休みです。
教授があのあと相当はしゃいだ様ですね」
「あはは、何か分かる」
「そうそう。
誉が試験が終わり次第ここに貴方を迎えに来ると言っていましたよ。
まだ体調も優れないでしょうから、それまでゆっくりするといい」
「いや、流石に悪いから帰るよ」
「そうですか?気にしなくてもいいですよ」
「うん。もう少し休んだら行くよ。
誉には連絡する」
「わかりました」
「あ、シャワーだけ借りてもいいか?」
「構いませんよ。そこを出て左です。
好きに使ってください」
「ありがとう」
満の様子に不審なところはない。
やはりあれは悪い夢だったのだ。
航は安堵した。
満も誉も紳士だし、そもそも男同士なのだ。
そもそもそんなことがあるはずがないし、あってはならないのだ。
航はもう一杯水を飲み干すと、言われた通りシャワーを浴びるためバスルームへと向かった。
そして脱衣所で服を脱いだ瞬間、"あのこと"が夢ではなかったという現実を突きつけられたのだ。
体に幾つも残る鬱血の跡。
手首に残る痣。
次の瞬間、どろりと尻から何かが漏れた。見ると太ももに透明な液体が滴っている。
一気に心臓が跳ね上がり、呼吸が乱れた。
床に膝を付き、口元を抑える。吐きそうだ。
「大丈夫ですか?」
すると狙いすましたかのように、満が脱衣所に入ってくる。
「寄るな!」
満が近づいてくるので、航はそう強く拒絶をして尻をついたまま後ずさる。
トンと壁が背中についた。
満は目を細めながら航の目前で跪く。
「どうしたんですか」
頬に向かい伸ばされた手を払い、航は満を睨みつけた。満はため息を付き肩を竦める。
そして航の太腿を見てわざとらしく言うのだ。
「おや、溢れてしまいましたか」
「…っ」
「一応後処理はしておいたのですが。
奥の方に入り込んだのが残っていたみたいですね」
「お前…」
「そんなに睨まないで下さいよ。
貴方だって楽しんでいたでしょう?
気持ちいいって泣いて悦んで、とても可愛らし」
「黙れ、そんな訳あるか。俺は!」
「ふうん?」
すると満は胸ポケットからスマートフォンを取り出す。そして画面を航に向けた。
動画が流れ始めると、航は戦慄する。
『そこが気持ちいい。きもちいいからぁ』
『もっとしてほしい?どうなの?』
『してほし…、い』
そんな音声と共に、昨夜の情事が克明に動画で記録されていた。
足をめいいっぱい開かされて、満の雄を咥え込みながら女のように喘いでいる男がいる。
もう言い逃れはできない、それは間違いなく自分の姿だった。
それに、動画の切り取り方に悪意がある。
これではまるで自分が望んで満に抱かれている様にも取れるではないか。
「貴方、声が大きいから。
誉が起きるんじゃないかってヒヤヒヤしました」
スマートフォンを仕舞いながら、満は言う。
「…が」
「え?」
「何が目的だよ」
「質問の意図がわかりません」
「お前っ」
航は満のシャツを掴み、ありったけの怒りは怒鳴った。
「こんなこと、許されない」
しかし満は動じること無く冷たい瞳で航を見下ろしながら、変わらぬ口調で返す。
「私を訴えたいなら、お好きにどうぞ」
「……っ」
「分家の男に犯されましたと皆に告発すればいい。必要ならこの動画も差し上げますよ。自らの痴態を晒す覚悟がおありなら、どうぞ」
瞬間、航の顔から感情が抜けた。
満のシャツを掴んでいた手からも力が抜け、すとんと床に落ちる。
満は襟元を正しながら、もう一度そんな航に手を伸ばした。そのままそっと抱き寄せ、その耳元で囁く。
「シャワーを浴びて、寝室に来なさい。
ちゃんと"ナカ"も掻き出して、綺麗にしてくるんですよ」
そして震え始めた航の額に優しくキスをすると、ニッコリと微笑み、最後に言い加えた。
「ね、若さま」
数十分を経て、航が寝室に現れた。
憔悴しきったその顔は、全く彼らしさがない。
彼のことは何度か親族の集まりで遠目だが見たことがあった。
如月家の嫡男としていつも皆に囲まれ、羨望され、自信に溢れていた彼がこんな顔をするのか、と。
そして自分がそうさせたのだ、と。
そう思うだけで満は嬉しくて、楽しくてたまらない。
「こちらに」
満がそう言うと、何も言わずに近づいて来た。
そして、ベッドに腰を下ろしていた満の前に立つ。
「髪がびしょ濡れじゃないですか」
満は苦笑いをしながら、クローゼットからタオルを出し拭いてやる。
航は何も言わない、ただ人形のようにそこに立ち尽くしている。
目が赤い、泣いていたのだろうか。
ベッドに腰を下ろさせると、航は初めて口を開いた。
「何なんだよお前、何がしたいんだよ」
そして頭を抱えた。すぐにその肩が震え始める。
「私、貴方のこと好きなんですよ」
それは予想外の言葉だったのだろう、航が顔を上げる。
「だから抱きました。それだけです」
「お前、何言って」
「貴方だって、好きな人…、例えば舞子さんとセックスしたいと思いませんか?それと同じです」
「そんなこと」
「思わないんですか?」
「うるさい、お前には関係ないだろう」
「貴方、本当に舞子さんのこと、好きなんですか?」
「うるさい、うるさい」
航は頭を抑えたままそう大声で返し、これ以上の追求を拒絶する。
代わりに航は、その目いっぱいに涙を溜め、
「俺のことが好きとか、セックスしたいとか、お前マジで頭がおかしい。男同士だぞ」
と、震える声で言う。
「一般的でないのは理解していますが、そこまで言うのは医師を志す者としてどうかと思いますよ。一方で、私はそういう男です。恋愛対象は男ですし、男に欲情します。だから、貴方には心まで下さいとは言いませんよ」
「え?」
「あなたの体だけ頂きます。
私、セックスさえ出来れば細かいことはあまり気にならないので」
航は眉を寄せた。
全く理解できないと言った顔だ。
そして、まるで化け物を見るような目だ。
すると満は突然航をベッドに突き飛ばす。
怯んだ隙をつき、押し倒してマウントを取った。
素早く両手首を上に捻り上げ、転がっていた手枷を付け、そこから伸びている鎖をベッドの支柱に固定する。
非常に慣れた手つきで、無駄がない。
あっという間にベッドに張り付けにされた航は、ガチャガチャと鎖を鳴らしながら抵抗するが、最早どうにもならない。
「吉高、いやだ、離せ!」
「満って呼んでください」
「は?」
「ベッドの上では、満と呼ばれたいです」
「おまっ、さっきから何を言って」
「暴れる悪い子は、痛くしますよ」
航はその言葉にぎくりと体を強張らせた。
昨夜もそうだったが、どうやら航は痛みに非常に弱いらしい。
ずっとスポーツをやっており、それなりに体もしっかりしているのであまりそんな感じがしないが、まさに彼こそ蝶よ花よと大切に育てられた御曹司なのである。他人から故意に痛みを与えられたことは当然なく、耐性があまりないのだろう。
「満って呼んでください、若さま」
満はそう言って鼻先を航のそれに押し付ける、
航は涙で濡れた瞳に満を映しながら、震える声で繰り返した。
「……みつる」
「いい子です」
そしてにっこりと満は笑み、そのまま航の唇にキスを落とす。
震えるそれを割り、舌を挿し入れた。
そして逃げようとする航の舌を巧みに絡め取る。
とうとう航の瞳から溢れた涙が、満の鼻先を濡らしたのをきっかけに、満は航の口内を更に深く犯した。
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