50 / 83

48.如月邸 お泊まり③

ダイニングに並べられていたのは、どこかのレストランに来たかと一瞬思ってしまうほど美しく立派な懐石料理だ。 今日誉が泊まったのは予定外だったはずなので、ゲストのための特別料理ではない。通常でこのクオリティなのだ。 しかしカイは眉を寄せ料理を睨みながら椅子に腰を下ろす。その視線の先は刺し身と焼き物だ。 彼は相当な偏食で、肉魚は一切口にしない。 特に刺し身はモロに魚の死骸だから見るのすら嫌だと以前独自の持論を訴えていた。 誉の見立てだと、今日のメニューでカイが食べられるものはお吸い物と炊合せ、そしてご飯くらいだ。煮物は鶏肉が入っているから微妙だ。 ちなみに香の物は野菜だが、塩っぱすぎるので彼は食べない。 当然カイの好みを熟知している瀬戸は、直ぐに刺し身を1種類ずつ、焼き魚を3分の1ほど取り分け、これだけは食べるようにと言いつけた。 しかしカイは横を向いて断固拒否の姿勢である。 「何かございましたら、お申し付けください」 一通りカイの世話が終わると、瀬戸はそう言い頭を下げ部屋を出ていった。 カイは直ぐにその取り分けた刺し身と焼き魚の皿を端っこに追いやる。そしてお吸い物の蓋を開けたが、それもそのまま閉じた。 「どうしたの?」 「貝が入ってる。無理、貝の死骸えぐい」 「それだけ取ってあげようか?」 「貝は出汁も無理、変な味する」 「そうなんだね。覚えておくよ」 実は食事について、誉は一つ不自然に思っている ことがあった。 カイの偏食は今に始まったことではない。 そして彼は少食で体が弱く、発育も悪い。 であれば、少しでも彼が食べられるものを出すべきだ。なのに何故この家の人間は、彼に頑なに皆と同じメニューを出し続けるのだろうか。 確かに偏食はよくないが、彼の場合はまず体の問題を解決することが先の様に思える。 その疑問をカイにぶつけてみると、彼は炊合せをちまちまと口に運びながらあっけらかんと答えた。 「父さんの意向だよ。 好き嫌いは甘え。食べないなら飢えて死ねって」 「えっ、まさかお父さんがそのままそう言ったの?」 「うん」 「死ねって?」 「うん」 「……」 「父さんはいつもそんな感じだよ。 オレのことが大嫌いなんだ」 あのクソジジイ。 誉は俄にカイの父親への憎悪が沸く。 大病院の院長で、高尚な事を語った記事は山程ある。あんなに人格者ぶっているというのに、実の息子にそんな酷い言葉を吐いている。 絶対に許せない。 そんな誉の怒りをカイは察したのか、 「別に平気だよ、慣れてるからさ」 と、今度はご飯を少量口に放りこみながら言う。 それは慣れるべきことじゃないよ、という言葉を誉は飲み込んだ。深く事情を知らぬ自分が、今のカイにその言葉をかけるのはあまりにも無責任だと思ったからだ。 「それじゃ足りないでしょ、俺のも食べなね」 だから代わりにそう言って、彼が食べられる碗を差し出そうとしたが、カイは首を横に振った。 「いらない、お腹空いてないから」 「それでももう少しは食べないと。 食は体を作る基本だからね」 「いらない、美味しくないし」 カイは頑なにそれを拒否した後、頬杖をつく。箸で煮物をつついている。鶏肉が入っていることに気づいて、その椀も端に寄せた。 そしてため息交じりに言う。 「はあ、誉のオムレツが食べたいな。 チーズときのこいっぱい入ってるやつ」 そんな嬉しい事を言われたら、すぐにでも作ってきてあげると言いたいところだけど、この家のシェフは、キッチンに客人を入れない。 だから誉は、 「また作るよ。いつでも食べにおいで」 と、その場しのぎのような言葉をかけてやるしかない。とてももどかしかった。 一方で、本当は帰り際に渡すつもりだったもののことを思い出す。 「オムレツは今度になっちゃうけど、クッキーなら焼いてきたんだよね」 誉はそう言うと立ち上がり、カイの学習机に置かせて貰っていたカバンからラッピングした袋を取り出す。 それを差し出すと彼は顔をパッと輝かせ、それを受け取った。 「チョコ入ってるやつだ!」 「この前気に入ったって言ってたでしょ」 「うん、これ好き!ご飯やめてコッチ食べる」 「それは駄目」 「あっ、返せよ」 「ちゃんとご飯食べる?」 「食べる、食べる!」 取り上げたそれを手に戻してやると、カイはぎゅっと抱いてまた嬉しそうに微笑んだ。その顔を見て誉は安堵する。 「今日食べたいなあ。うーん、そうだ。 お風呂の後、お茶会しよ!」 「大丈夫?夜に食べてってまた瀬戸さんに怒られない?」 「早くご飯食べて早くお風呂すれば平気!」 「うーん」 「どうした?」 「いや。お風呂は二人で入るつもりなんだよね?」 「そ、そうだけど」 「だとすると、お風呂はそれなりに時間かかると思うよ」 誉はそこまで言うとにんまりと笑い、カイの耳元に顔を寄せる。そして囁くのだ。 "気持ちいいこと、するでしょ?" カイがボッと顔を赤くする。 誉がニコッと微笑みながら待つと、数十秒後に「する」とだけぶっきらぼうな返事側返って来た。 さっきからわざと何度かカマをかけているわけだが、全て承諾してくるカイだ。 思いの外早く"エッチなこと"が好きになってくれたのが誉は嬉しくてたまらない。 あと、こんな風に理性と欲求を秤にかけて、欲求が負けてしまっている感じが初心で本当に可愛い。 「じゃあ、ご飯はちょっと急ぎめにしようか」 誉がそう言って頭を撫でると、カイは少しだけ一口を大きくして食べ始めた。誉はそれを微笑ましく思いながら見守る。 そして食後少し休んだ後、予定通り二人は浴室にいる。 二人で横並びになりながらシャワーを体に当てているのだが、誉はふとカイの体がいい感じに育ってきたことに気がついた。 ピンク色の乳輪がその白い肌に咲いているのだが、少しふっくらしたように思う。乳首もぷりっと勃ち気味で、見ていると摘みたくなる可愛さだ。 「カイの裸って可愛いよね」 思わずそう言うと、カイはとっさにタオルでそれを隠してしまう。 「なっ、あんま見るな」 「いや、見るよね。 というか、一緒にお風呂に入れっていうのにそれは酷くない?」 如月家のバスルームは、かなり広い。 ちょっとした旅館レベルの広さがある総檜風呂、ジャグジー、そしてサウナまである。 これに加えて家族の各個室にシャワールームが、ゲストルームについては家庭用サイズのバスルームが備え付けてある。誉もここに住まわせてもらった当初、あまりにも贅沢な作りに驚いたものだ。 そんな大きな風呂なのでカイが誉と二人で入ると言っても温泉感覚であまり不自然さもなく、瀬戸は快諾してくれた。 瀬戸をはじめ如月家の誉に対する絶大な信頼故な所も勿論あるだろうが、それ以上にカイに一人で入浴されるのを避けたいという意思を何となく察した。 実際、横で一人で髪を洗うカイはとても危なっかしい。というか全然洗えていない。 「カイ、ちょっとこっちにおいで」 誉はため息交じりにそう言うと、カイをバスチェアに座らせる。 そしてもう一度髪を洗い始めると、 「さっき洗ったのに」 とカイが気に入らなそうに頬を膨らませた。 「いや、それ、全然洗えてないからね」 「むう」 シャンプーを付け直し、改めて泡立てながら髪を洗ってやる。 するとやはり心地よいのか、結局は大人しく誉のなすがままだ。 「かゆい所はない?」 「なーい」 「じゃあ、流すよ」 シャワーをして流してやると、カイはフルフルとうさぎのように体を揺らして水を払った。 「はい、終わり」 誉がそう言って腰のあたりをポンとすると、カイはその顔を見上げながら口を尖らせる。 「どうしたの?」 「リンスまだ」 「してほしいんだ」 「うん」 「ふうん。 じゃあ、そのまま体も洗っちゃおうかな」 「……………うん」 ちらりと見ると、少しだけピンク色のペニスがふっくらしている。 そして、カイの耳とうなじも赤い。 期待しているその証拠を愛しく思いながら、誉はカイの頭にリンスを付け手で梳いてやった。

ともだちにシェアしよう!