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54.如月邸 お泊まり⑦
誉にとって、満とカイが繋がっていたのは想定外だった。しかし冷静になって思い返すと、宴会の席で話をした時、確かに満はカイのことをよく知っているような素振りだった。
可愛い子は一通り目をつけていると言っていたが、そういうことだったのか。
一方で、最近は大分軟化したが、以前のカイはもっと警戒心が強かったはずだ。
それをあのサイコパスが"満兄さん"と呼ばせるまで懐柔出来たなんて、俄には信じられない。
何よりも自分より先にカイに懐かれているという事実が気に入らない。
カイの様子から、"お手つき"にはなっていないことが確信できるのだけは不幸中の幸いだが、もう少し探りを入れておきたい。
誉はカイを刺激しないように、慎重に言葉を選んで問う。
「さっき、昨夜もメールが来たって言ってたけど、
満とは普段からメールのやり取りするの?」
「うーん、週に1、2回かなあ」
誉の想定より多い。
というか、ほぼアナログ人間なカイからすれば、かなりの頻度だ。
「会ったりは?」
「会うのは宴会のときだけ」
「宴会?」
「ほら、親族が集まるだろ。
だから線香上げたあとはそのまま何となく宴会になる流れなんだよ。
喫煙する人もいるから、櫂は持病のこともあって、いつも最初の挨拶の時だけ参加するんだが……」
「中学の頃に一度、部屋に戻る途中に気分が悪くなったことがあって。
その時たまたま居合わせて助けてくれたのが、満兄さん」
「なるほどね」
たまたまとはいえ、そうやって上手く取り入ったのか。いや、本当にたまたまなのか?相手が満だとするとかなり怪しい。誉の心中は穏やかではない。
「あ、でも最近はそんなことないか……」
「そんなことないの?!」
「う、うん…。
満兄さん、大学生になって、うちの学校来たでしょ。だから週に一回くらい、二人で一緒にお昼食べたり、図書室行ったりする。
図書室では、いつも大学生エリアにナイショで入れてくれるんだよ」
そこまでカイが言った所で、航はその両肩を強めに掴んだ。
そしてカイを自分の方に向かせると、低い声で問う。
「お前、二人きりのときにあいつに何か変なこととかされてないよな?」
「へ、へんなことって…?」
その鬼気迫る様子に、カイの体がまたガタガタと震え始める。事情を知っている誉としては、そんな航の気持ちはわかる。
が、これで自分がカイに手を出していると知られたら確実に航の逆鱗に触れるなと誉は確信してしまった。複雑な気持ちである。
「航、どうしたの。お顔怖いよ。
カイがびっくりしちゃうよ」
またカイが黙ってしまうと困るので誉は敢えて明るい口調で場を取り仕切る。
「あ、あぁ…ごめんな、カイ。つい」
航はハッとした顔をして、カイから手を離す。
「……別にいいけど……。
何でそんなにふたりとも満兄さんのこと、オレに聞くの?」
「それは…」
「今度ね、航が満と同じ研究室になったんだよ」
「研究室?」
「クラスの中で、授業によっては更に細分化してグループ分けとかしない?それと同じだよ。
でね、どんな人か気になってたんだけど、満はあんまり他人と絡まないからよくわからなくてね。
カイが知ってるというからつい聞いちゃった」
「兄さん、満兄さん知らないの?」
「いや、知ってはいるが、深く話したことないかな。宴会とかパーティでも、話す機会がなかなかないしね」
「確かに満兄さん、そういうの好きじゃないって言ってた。だからいつも、宴会の時も中庭にいるよ」
「そうか、道理でいつも見かけないと思ったよ」
「満兄さんは、親切だし優しいよ。だってあんまり仲良くないのに、昨日兄さんのことも家に泊めてくれたんでしょ?そんなに気にする必要無いと思うけど」
カイが自信満々にそう云う姿を見て、航はやるせない気持ちになる。この子はあいつの本性を知らない。そしてそれは、非常に危ない。今は大人しくしているようだが、いつその牙をむいて、カイに酷いことをするか解らない。
カイがこのままあの男と付き合うのはやめさせたいが、当の本人がこうやって信じ切っているのだ。その関係を切らせるのは、非常に難しい。
航はそう思い悩みながら誉の方をちらりと見るが、彼もまた、恐らく満と仲が良い。
流石に今回はこちらの味方にはなってくれないか。
航がそう思った時、驚いたことにその誉がハッキリとカイに言った。
「カイ、満と二人で会うのは駄目。
もし会うときは、僕も呼んでよ」
カイは首をかしげながら、
「何で?」
と、問い返す。当たり前の反応だ。
誉はそれに対し、少しだけ拗ねたような顔をして答える。
「カイが俺じゃない他のお兄さんと二人で仲良くしてるの、悔しいから」
「へっ?」
「絶対やだ、俺がカイの一番のお兄さんじゃないと嫌だ」
「なっ」
そしてカイのことをぎゅうと抱きしめる。
カイは顔を真っ赤にして、
「な、なにゆってんの!ヤキモチ?
恥ずかし…っ」
「そうだよ、満兄さんなんて言っちゃってさ!だったら俺のことも誉兄さんって言ってよ」
「い、意味わかんね…っ。
大体、一番のお兄さんって、俺にはホントの兄さんいるしっ」
「俺より航の方が良いの?!」
「えっ?!えっと、ええと……」
思わぬ展開に航は呆気に取られて口が挟めない。が、暴れるカイを抱きしめて抑えながら誉は航の方を見る。そして、目を細めると微笑んだ。その合図で、これがこの場を治めようとする誉のパフォーマンスだと気がついた航は、一気に気が抜けた。
誉だからこそ出来ることだ。とてもありがたい。一方で、実兄としては少しだけ寂しさを感じるが、こればかりは仕方がない。
航は誉に頭を下げる。すると誉は「やめてよ」と言わんばかりに右手を払って返した。
荒れに荒れたお茶会はその後暫くしてお開きになったのだが、寝る準備を整えてベッドに入ったカイは非常に不機嫌だ。
「もう、誉はにーさんじゃなくて恋人じゃん!なんでわかんないんだよ!バカ!」
顔を真っ赤にしてそう言うと、誉に背を向ける。
「わかってるよ。わかってるけどさ。
カイが他の男と仲良くしてたなんて、俺だって聞いてないよ。何で話してくれなかったの」
「聞かれなかったし!」
「あ、そういう事言うんだ」
「満兄さんと一番最近会ったのは、誉と恋人になる前だし。メールだって、あっちから来るのに返すだけだし。今度誘われたらちゃんと誉に言うつもりだったし!」
「カイ、こっち向いて」
「やだ、もう誉なんか嫌い」
「そんな事言わないでよ、悲しいよ」
「………」
誉のその言葉にハッとして、カイはゆっくりその方を向く。
そして、
「ごめんなさい。今の、嘘」
と素直に言って誉の手を取った。
「横入ってもいい?」
「……うん」
カイは体一つ分向こうに行くと、誉を招き入れる。そして誉が入ってくると、おずおずと近づいてきた。だから誉は引き寄せて、小さなその体を抱きしめる。誉に受け入れてもらえたことにカイはほっと息を吐いて、その胸におでこを擦り付けた。
「満兄さんのこと、言わなくてごめんなさい。
別に隠してたわけじゃ無いんだよ、本当に。
恋人には、そういうの言わないといけないってオレ知らなくて」
「うん。そもそも付き合う前の事は仕方ないよね。俺も分かってる。分かってるんだよ。それでも君のことになるとどうしても余裕がなくなってしまって、我慢できなくて」
そう言うと誉は言葉をつまらせ、そしてカイを抱きしめる。それが凄く強い力で、カイは驚いて顔を上げるが、誉の表情は見えなかった。
「俺のことが、一番好きでいて」
ぎゅうっと誉の手に更に力がこもる。
そして彼はいつもよりもゆっくり、噛みしめるように告げる。
「大好きだよ、カイ」
そこでようやく、誉がその顔を見せてくれた。
切なそうなその表情は、カイと目が合った瞬間、笑顔に変わった。そのまま流れるようにちゅっと唇を吸われる。
カイが離れていくその唇を追うと、もう一度キスが降りてきた。
そのまま角度を変えて、何度も何度もキスをするが、一向に誉が舌でしてくれない。
カイはもどかしくてたまらなくて、べっと舌を出した。そして誉の唇を割り強引に押し込む。
クスリと誉が笑んだ。
そしてやっとカイの思う通り、舌を絡めてきてくれる。
長い長い、キスのあと。
「オレだって、誉のこと、一番好きだよ。
だから、誉もオレのこと一番好きでいてくれないとやだよ」
カイはそう言うと誉の胸に顔を押し付ける。
「もちろん。ありがとう、カイ」
誉は愛しい恋人にそう囁くと、その真っ赤なウサギさんのお耳にキスを落とした。
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