65 / 83
65.週末レッスン①
アパートの玄関に入るや否や、誉は櫂を背中から抱きしめた。
そのまま頭頂部に顔を埋めてすうっと吸う。
「誉せんせい、あの」
「あー…いいにおい…」
「そんなことないです、学校帰りですし。
汗、かいてるし…」
「うん、すごーくいい匂い」
「わっ、誉先生?!」
そのまま誉は我慢ならんとばかりに荷物を投げ出して、軽々と櫂を抱き上げたかと思うと、そのままベッドに直行だ。
櫂を優しく横たえながらも、誉はもう待ち切れないといった様子だった。だから、そのまま降りてきたのは性急なキスだ。
水音と浅い呼吸が直ぐに室内に響き始める。
誉は櫂を貪りながら、するすると肩を撫でた。それが少しだけくすぐったくて、しかし気持ちよくて、櫂はキスの合間にふうっと息を吐く。
気持ちよくて、頭がぼんやりしてきた。
頬と耳が熱いのを自覚しながらうっすら目を開くと、誉と視線が交わった。その瞬間、誉はふにゃりと嬉しそうに微笑む。それを見た櫂は、腹の底がフワフワした後ゾクゾクとしたの感じながら、ああきっと自分はこの人が大好きなのだと今更ながらに改めて自覚した。
唇から頬にキスを移動させながら、誉は丁寧に櫂を愛していく。
耳の後ろをちらりと舐められるのがくすぐったくて肩を竦めるが、次に首筋にキスをされてまた弛緩した。
そうした後、誉は今度は櫂の胸に顔を埋めて吸う。本当にその胸いっぱいに吸った。
さっき言った通り、今日は少し暑かったので汗をかいているから、そんな風にされると櫂は恥ずかしくてたまらない。
それなのに誉は櫂のにおいを嗅ぐのを止めてくれない。それどころか、
「はあ、甘いにおい…癒やされる…」
と、うっとりし始める始末だ。
「もお、ほんと、だめ!」
櫂は何とか身を翻し、四つん這いになって逃げようとしたが誉に細腰を掴まれて敢え無くベッドに落ちる。
誉はというと、今度は後ろから櫂に覆いかぶさってうなじに狙いを定めた。
「ひぁっ」
突然そこを舐められて、くすぐったくて櫂はひゅんと身を竦める。
サワサワと上着越しに胸を弄られた。
誉の大きな手がジャケットの中に入ってくる。
「ガードが固いなあ。
というか、こんなに着てたら暑いでしょ」
櫂がジャケットの下にベストを着ていることに気がついた誉はそう言うと、ベストの中に更に片手を入れて器用にシャツのボタンを外していく。
「んっ」
誉は直ぐに胸の突起を探し当ててそこをきゅっと押しつぶした。
同時に項を甘く噛まれるとゾワゾワした感覚が背筋から抜けていく。
元より力のない櫂の腕は直ぐに自身の体重を支えきれなくなる。べしゃっと上半身がベッドに落ち、尻だけ浮かせた格好で櫂は更に誉に伸し掛られた。
「やー、んんっ」
胸と項に与えられる甘い刺激が気持ちいい。
誉のもう片方の手が股間に触れたのがわかった。
ゆるゆると勃ち上がったそこを、大きな誉の手が包む。そうやって柔らかく揉まれながら、尻の間に固いものが押し当てられていることに櫂は気付いた。他でもない誉のものだ。
「はあ、櫂がいい匂いで、可愛すぎて、興奮してきた……」
「ちょっ、ごはん!
ごはん、作るんじゃなかったんですかっ」
「うん、そのつもりだったんだけどね……。
でも、櫂も興奮してるよね。
君は先走りが多いからなあ、パンツ大丈夫かな」
「もう、そういうの言わないでくださ……ひゃっ」
「あー、もうぬるぬる」
「手ぇ入れないで…っ」
「ぎゅーって固くなってる、可愛い」
「やぁだ!」
櫂はそう言うと思い切り身体を揺らした。
そして、
「こういうのは、いやです!」
と、声を荒げた。眼鏡付きの櫂が大きな声を出すことがあまりないので驚いた誉が手を緩めると、彼はその隙にベッドの端まで脱兎のごとく逃げてしまう。
そして荒い息とともに睨みながら、
「こんな、流れにまかせて性欲処理みたいにするのは嫌です!」
なんて真剣に言うものだから、誉はついつい吹き出してしまった。
「わらった…!!」
「ふふ、だって。本当に可愛いねえ、君は。
一秒ごとにもっと大好きになっちゃうよ。
わかったよ、おいで」
誉はそう言って、手を広げる。
すると櫂は少しだけ警戒した様子だったが、誉の腕の中に収まった。そして抱きしめられながら、今度は耳元で、
「ちゃんとゆっくり、沢山愛してあげるからね」
と、甘く囁かれたものだから恥ずかしくて返す言葉もない。頬と耳が熱いのを自覚しながら頷いて顔を上げると、そのままチュッと音を立て唇を吸われた。
そして誉は、満面の笑みで続けるのだ。
「うーん、じゃぁ今すぐエッチするか、後にするか、どっちがいい?」
変なところでデリカシーのない男だと櫂は思う。直接的な表現にしどろもどろになるが、学校から帰ったままの今な状態であんなことをされるのは嫌だ、絶対に嫌だ。
「あと…お風呂の後がいいです」
そんな風に櫂がエッチなことをすること自体を最早否定しないのかと喜ばしく思う一方で、少しだけ意地悪心がでてしまった誉だ。
「ふうん?またもう一回入らないといけなくなっちゃうけどいい?」
「えっ」
「だって櫂のお望み通り、ゆっくり、じっくり、トロトロになるまでエッチなことするつもりだから、櫂はきっとドロドロになっちゃうと思うんだよねえ」
「なっ、どんなことするつもりですか……」
「気になる?櫂はエッチだねえ」
「そんなことないです!」
「あのね、まず可愛い乳首をね」
「もお、言わなくていいです!」
顔を真っ赤にして誉の口を覆ってくる櫂の反応は予想通りで、そして可愛らしい。
愛しさに胸を高鳴らせながらそんな櫂を抱きしめると、彼は少し間を置いて、おずおずと付け加えた。
「お風呂、2回目になっても、一緒に入ってくれます……よね?」
そしてそんな幼い恋人の不意打ちに加えて、とどめのあざとい上目遣いに誉は心臓が痛くなるほど胸がときめいてしまったのは言うまでもない。案外手玉に取られているのは自分かもしれないと思いながら、誉は返事の代わりにその狭い額にキスを落とす。
先日のデートの時買ってやったエプロンをつけたカイは、とても"良い"。
世間知らずなのを良いことに、エプロンドレスにしてみたら、本当に女の子のようだ。
しかし下に着ているのはワイシャツにスラックスの男の子らしい制服で、そのアンバランスさがとても尊い。
「おい、尻を揉むな」
ついでに眼鏡も外させたので粗雑なところのギャップもまた良いエッセンスだ。
「カイ、贅沢言わないからさ。
今夜裸の上にコレを着てさせてくれないかな」
「お前何言ってんの?」
「男の浪漫てやつだよ」
心底呆れ冷たい視線を向けてくるカイに、誉は肩を竦めて返すが、一方で嫌がっても絶対やろうと心に決める。
カイはそれにため息で返して、ぐるぐると鍋の中身をかき回した。
まず作っているのは野菜スープだ。
誉のアパートのキッチンは一口コンロで狭いので、順番を考えて作らないと直ぐに破綻する。
カイがおっかなびっくり切った野菜はやや不格好だが、それが逆に初々しくてとてもいい。
何よりもカイの初めての手料理だ。
更に誰かに作ってやることは多々あるが逆は殆どないので、誉は嬉しくてたまらない。
「スープがあらかた煮えたら、オムレツの準備をしようか。手順確認してごらん」
「ううん」
「スープは危ないから俺が向こうに置いておくね」
カイはエプロンのポケットからクシャクシャのプリントを取り出して真剣に見る。
手順を把握すると、櫂はフライパンを左手で取り上げ、コンロに乗せるとその柄を右手で握った。
その様子を見た誉は、瞬間的に彼の字が異常に下手な理由が腑に落ちた。
「カイ、君、もしかして左利きなの?」
誉に急にそう声をかけられ、カイはフライパンの柄を右手で握ったまま固まる。
そして少しバツが悪そうにもじもじとした後、
「……そんなことねえし」
と、小さな声で言った。下唇がついと出ている。恐らくビンゴだ。
よくよく考えると、カイが自然に出すのは左手であることが多い気がする。
例えばスーパーでも、食材を取っていた手は左だ。さっきも左手でお玉を持ちスープをかき混ぜていた。それは誉が右側にいて、手が当たるのを避けるためだと思っていたのだが左利きなのだとしたら納得だ。
また、彼は右手で鉛筆を持つが、文字や構造式の六角形が上手く書けないのは、上手く右手が使いきれていないからなのかもしれない。
一方で、どうやらカイ的にはそれを何とか隠したいらしい。
「別に隠すような事じゃないと思うよ。
お箸と鉛筆は矯正したんだ?」
しかし誉がそこまで言うと、もう誤魔化せないと思ったのだろう。カイは渋々頷いて、
そして、
「みっともないって思っただろ」
と、悲しげに続ける。
それに逆に驚いてしまったのは誉の方だ。
「まさか、そんなこと思わないよ。何で?」
「じいさんに、みっともないって殴られた」
「ホント?!そんなことないよ!
今は敢えて直さない人も多いしね」
「……ほんと?」
「ホントだよ。
ちなみにだけど、左手も同じ様に使えるの?」
「使える。
というか、結局、左の方が使いやすいんだ」
「へえ、そうなんだ。素晴らしいね。
逆に俺からすると両手使えて羨ましい位だ」
「え、何で?」
「俺、外科志望なんだけどね。
両手を等しく使えた方がいいって先輩に言われてね。今実は左手使うの練習してるんだよ」
「練習?!」
「そう、箸でね。ほら、コレ見て」
誉はそう言うと、カラーボックスの中から小箱を出して戻ってきた。
中に入っていたのは乾燥した豆と箸だ。
「これが上手くできないんだよね」
「わかる。俺もそれ、やらされた」
「じゃあ、コツを教えてよ」
「コツは……イライラしない」
「無理」
「だよな」
褒められて気を良くしたのか、カイは得意げに笑う。
そんなカイの頭を撫でながら、誉は優しく言う。
「きっと君の家にはいろんなしがらみやルールがあるんだろうけど、ウチにはそんなのないからさ。俺の前で我慢なんて絶対しないでよ」
「わかった」
カイは素直にそう頷くと、誉にぴたっとくっついて返す。
「じゃあ、もう我慢しない」
「……俺にくっつくの我慢してたの?」
「うん」
「もうやだ、可愛い、ホント大好き」
誉はそう言うとたまらずカイを抱きしめた。
そしてやはり手玉に取られているのは自分の方だと思ったのだった。
ともだちにシェアしよう!