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70.週末レッスン⑥
「おーい吉高、もう一本、もう一本やろ!」
「もう、結構、です!」
ベンチで汗を拭いながら、満は苛立った声でそう返した。
「えー、後一本だけ」
「嫌です、疲れました」
「疲れてからが本番だって!」
「貴方何でそんなに元気なんですか、抱き潰しますよ」
「抱き潰す体力残ってんならできるじゃん!
やろうよ!!」
「ええと、馬鹿なんですか?」
テニスを始めて、早1時間半である。
元々予約は1時間だけだったのだが、空いているからと、航が勝手にもう1時間延長した。
航は心底楽しそうだ。
そしてテニスに対する情熱と集中力が並ではない。満はワンセットごと休憩を挟むが、航はその間も走り込んでみたり素振りをしたりと練習に余念がなかった。
「いいから一度落ち着いて座る。
それから水分を取って下さい」
「喉乾いてないぞ」
「乾いていなくてもです」
満は不満げな航にスポーツドリンクを差し出す。
それを受け取ると、航は立ったまま一気に飲み干した。満が思った通り自覚していないだけで、身体は水分を欲していたのだろう。
「それにしても吉高がテニスやるのは意外だったなあ。なんか運動とか全然好きそうに見えないから」
「運動は嫌いですよ」
「えっ、じゃあ何で」
「やらされたんですよ、親に」
「へえ、ご両親もテニスするんだ」
「しませんよ」
「?」
首を傾げる航に塩飴を差し出しつつ、満は続ける。
「吉高家は分家の端っこ、曾祖母のことがありますから、お情けで親族に入れていただいているようなものです。何とかして親族の座に留まらなければ。そして、あわよくば少しでも発言権を強めたい。
そう考えていた矢先、如月家の若さま誕生と同時期に吉高家にも跡取りが生まれました。
それが私。
両親は、若さまがピアノが堪能だと聞きつければ私にも習わせ、テニスが好きだと言えばやらせ、ともかく息子が若さまにお近づきになるきっかけづくりに必死でした。結局全部中途半端で一つもモノにはなりませんでしたけどね。
そういえばここの幼稚園から高等部まで全部受験してますよ、私。毎回面接を無言でやり過ごして、試験を白紙回答して落としてもらいましたけど」
「な、なんでそんなことをわざわざ……」
「嫌だったんですよ。
これ以上貴方の真似事をさせられるのが」
「お前の親は、お前に俺と仲良くなってほしがってるのか?」
「ええ、そうです。
うまく若さまに気に入っていただければ、本家とも繋がりが出来ますし、優遇してもらえる可能性が高まりますからね」
「……吉高」
「はい?」
「お前も、それが目的だったのか?
結局好いてるのは俺じゃなくて、"如月家"か」
「……」
突如低くなる航の声色に、満は顔を上げる。
怒っているのかと思ったが、その表情を見てそううではないとすぐに分かった。
それは怒りではなく、悲哀だ。
航の握られたその拳には力が込められ、フルフルと震えていた。
満は目を細めて、その様子を見守る。
敢えて直ぐには返事をしない。
「お前は」
そこまで航は言いかけて口を噤んだ。
その手から力が抜ける。
その様子から、満は航の孤独を理解した。
彼はきっと、彼自身ではなく彼が背負う家を目的に近づいてきた人間に何度も裏切られ、失望してきたのだろう。
あんなに沢山の人間に囲まれ、いつも持て囃されているのに、彼はきっと誰のことも信用していない。
他人は頼らない、頼れない。
ならば自分が完璧に、より強くなるしかない。
それが彼の努力を厭わぬ力の根源か。
航は何も返してくれない満を切なげに見つめた後、俯いた。
そしてそのまま踵を返すと、低い声で言う。
「……帰る」
満はふうと息を吐く。
そしてその背に向かい返してやる。
「私は、貴方のことが好きなんです。
最初に言ったでしょう、もう忘れましたか?」
航が足を止める。
全く、手がかかる若さまだ。
満はそう独りごちた後立ち上がり、震える航の肩を抱いた。
「打算しかなければ、私はもっとうまくやりますよ」
航から、ぐずっと鼻を啜る音が聞こえた。
それを聞いていないふりをして、満は続ける。
「もう1ゲーム、しますか?」
航は目を腕で乱暴に目をこする。
そして、
「する」
とだけ返すと、肩に回された満の手にそっと触れた。
そして1ゲームどころかジムの閉店間際までテニスを楽しみ、ノコノコと満について一緒にマンションに戻り、風呂に押し込まれたところで航は地団駄を踏みながら叫んだ。
「でもやっぱりお前が俺にしてることは犯罪だし、ヤバイ弱みを握られていることに変わりはないんだよな!
危ない、ちょっといいやつだと思っちまった!
騙されるところだった!お前は悪いやつだ」
「はい、そうですね」
「こんな事は許されない、離せ」
「ふうん、拒否するんですね?
では今までの録画データを全てデジタルの波にのせて全世界に公開することにします」
「なっ、そんなこと絶対駄目だ」
「例え貴方が全てを失っても私は貴方のことが好きですよ」
「なんかいいヤツ風に言ってるけど、そもそもお前が原因だし、お前がやってることは犯罪だからな!」
「あんまり往生際が悪いと拘束して無理矢理犯しますよ」
満はため息をつきながら航ににじり寄る。
航は青い顔で後ずさったが、狭い浴室内でのことだ。直ぐに壁に当たる。
そのまま満の顔が近づいてきたので、ぎゅっと目を閉じて身を固くした。ふうっとその吐息が耳にかかる。
「抵抗できないように両手足を縛り上げられたまま、ココにぶちこまれて、お腹がボコボコ浮き上がるくらい乱暴に犯されたいですか?」
満の指は航の双丘を割り、トントンと後孔をつつきながら囁く。それだけで航の下腹がズクンと疼く。
孔がヒクヒクして、満を欲しがっているのが自分でも分かった。
航はそんな自分の身体の変化に戸惑い、何も言えない。また羞恥心から俯いて、頬を赤らめた。
満はそのまま航の耳をねっとり嬲るように食む。
「……さっき2回もしたのにっ」
「貴方のワガママに付き合って何ゲームしたと思ってるんですか」
「お前こそ、何でそんなに元気なんだよ。
さっきあんなにへばってたくせに」
「それはそれ、これはこれ」
「性欲お化けめっ」
「据え膳食わぬは男の恥と言いますからね」
「据えてねえし……っ」
「うるさい、黙って」
「あむっ、んんっ」
嫌だと思っているのに、身体が反応してしまう。満の舌が絡むたび、そしてそれに合わせ後孔を弄られるたび、びくびくと身体が跳ねる。
「欲しかったら壁に手をついて、尻を上げてください」
許された答えはYESしかないのに、わざとそんな選択肢を与えてくるのはずるい。
これではまるで自分が望んで抱かれるみたいではないか。
航は満を睨む。
しかし満は笑みを浮かべたまま、グチュグチュと更に激しく航の中を指で犯す。
すっかりその気になった後孔は、早く満の雄が欲しいと疼いた。
「いい子」
航が言われた通りにすると、満は満足気にそう囁いた。直ぐに双丘を割り、熱くて固い満のペニスが擦り付けられる。それに反応してアナルがひくついている。早く中に欲しい、けれどそんなこと絶対言えない。
「ア……んん」
ようやく満が先端を孔に突き立ててくれた。
そしてそのままズブズブとゆっくり挿入ってくる。じんわりと快感が拡がっていく。
もう誤魔化せない。航は改めて自覚する。
満とのセックスは気持ちいい。
ぎゅうと後ろから抱かれて、更に奥深くを突かれる。航は胸の高鳴りを感じながら、白壁に爪を立ててとめどなく襲ってくる快感に耐える。
「あぁ、あ……」
「疲れてるからいつもより敏感になってるのかな。若さま、気持ちいいですか?」
「きもちくな……ひあ、おく、おく……」
「なぁに?奥が気持ちいい?」
「ぐ…っ」
一層奥を打ち付けられ、同じタイミングで下腹を押される。航の腰がピンと上に跳ねた。
殆どつま先だけで立つようになりながら、航は壁に頬をこすりつけて絶頂する。
「奥でも上手にイけるようになりましたね。
流石若さまです、飲み込みが早い」
「はあ、はあ、チキショウ」
航は舌打ちをしながら満を睨む。
「お前の、せいだ。
こんなの、こんなの、おかしい」
「そうですね、私のせいです」
満はそう言うと再び航に腰を打ち付け始める。
「あぁ、やだ、まだむりっ」
「中、すごく痙攣してますよ。
ずっとイってる感じ」
「はあ、やめ、あぁっ。
クソ、気持ちいい、きもちい。
もうやだ、気持ちいい、やだあ」
身体の反応に心が追いつかなくなって、とうとう航が泣き出した。
「若さま、貴方が気持ちいいのは私のせいです」
そんな航を覆うように後ろから抱きしめて、満はその耳元で囁く。
「私のせいなのだから、沢山気持ちよくなっていいんですよ。おかしいのは私、あなたはおかしくありません」
そうやって少し優しい言葉をかけると、航は直ぐにコロリとなびく。嗚咽の合間に聞こえ始めた喘ぎ声に、満は目を細める。
次第に喘ぎ声の方が増えていく。
その頃合いを見て、満は航に囁いた。
「可愛い若さま、大好きですよ」
その瞬間、航はスンと鼻をすすった後、ブルリと身体を震わせた。
体力お化けも流石に限界なのか、ベッドでうつらうつらとしている。
「お水飲んで下さい」
「うん……」
「寝ないで、お水」
「うん……」
「口移しで飲ませますよ」
「うん……」
「もう駄目だな、これは」
満はため息交じりに航の上半身を起こすと、コップの縁を唇に当てて冷やしたミネラルウォーターを飲ませてやる。
「貴方、どうも水を飲まない癖がありますね……」
航がゴクゴクと喉を鳴らしながら飲む様子を見て、満くんは呆れたように呟いた。
しかも、あっという間にコップ一杯を飲みきって、催促するように口をパクパクさせる。
もう一杯飲ませた後、腹いせに口づけると、その目がうっすら開いた。
「も……やだよ……」
「流石に今日はおしまいです」
「これ以上したら尻こわれる…」
「ええ、ですから続きは明日ね」
「明日……」
「明日は水族館デートです、楽しみですね」
「水族館……さっき言ってたやつ……。
いや、俺、明日用事あるし……」
「そうですか。キャンセルして下さい」
「ええっ」
「貴方には拒否権はないですよ」
「………」
手渡されたスマートフォンを受け取って、航は諦めたようにため息をつく。
そして大人しくメッセージを打ち込んだ後、スマートフォンごとベッドに身を投げ出した。
直ぐにスマートフォンが光ったが確認するつもりはないらしい。
満は当然のように航の横に滑り込む。
航は何も言わずに壁側に寄ると満に背を向け、満がそれを抱き寄せた。
意外にも抵抗は無かった。
わざとうなじに息を吹きかけると、航は小さく肩を竦める。
「今でもペンギンは好きですか?
「ペンギン?」
「子供の頃、パーティの前にペンギンのぬいぐるみを瀬戸さんに取り上げられて泣いていたでしょう?いつも控室にも大きいものを何個も持ち込んでましたよね」
「忘れろ、そんなこと」
「あのぬいぐるみ、まだ健在ですか?」
「あの後そのまま祖父に捨てられた。
如月家の跡取りが、ぬいぐるみなんて女々しいもに執着するなって怒鳴られたな」
「そうだったんですか。
じゃあ、明日、買ってあげましょうね」
「いらねーし、頭撫でんな」
その態度とは裏腹に、航はそれを素直に受け入れている。くあ、と欠伸をした後背中が満の腹に擦り付けられた。
相当眠たいのだろう、体温が高い。
まるで子どものようだ。
そして航は、ぼんやりした声で続ける。
「明日、ペンギンいるかな」
「いますよ、むしろそれが目的ですから」
「そっか、楽しみだな」
その言葉を最後に、航は眠りに落ちたようだった。すうすうと聞こえ始めた小さな寝息を聞きながら、満もまた瞳を閉じる。
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