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74.デートの前に④
カイは、誉が出してきた大きめのホットプレートを不思議そうな顔で見つめている。
ちなみに彼はこの器具の名前も使い方も知らない。だから、
「黒いところを触っちゃだめだよ。熱くなるからね」
と、電源を入れる誉に念を押されてしまった。
丁度触ってみようと伸ばした手を引っ込めるカイを横目に、次に誉が持ってきたのは銀色のボールだ。
カイの横にそれを置いて、バターを溶かして薄く伸ばした。そしてボールからクリーム色の生地をすくい、ホットプレートの上に落としたところで、ようやくカイはそれがカイの大好きなパンケーキなのだと気がついた。
パッと顔を輝かせて顔を見上げてくるカイを微笑ましく思いながらフライ返しを取り出す。
「表面がね、プツプツとしてきたらひっくり返すんだよ。見ててね」
勿論カイはパンケーキを作っている過程を見たことは無い。興味津々といった様子で、誉がそれを手慣れた様子で返す様子を見守る。
「わあ」
「はい、次はカイの番ね」
「えっ」
誉はカイにフライ返しを握らせると、もう一度種を注ぐ。
「えっ、えっ」
「よく見ててね、結構直ぐだから」
「えっ」
カイは動揺しながら誉を見上げる。
「だめだよ、出来ない」
「大丈夫、そっと下に入れてからくるっと返すんだよ」
「えええっ」
「ほら、そろそろだよ」
「ううん」
カイは膨らみ始めたパンケーキと誉を不安げな顔で交互に見た後、フライ返しをパンケーキの下に入れる。
無駄に力んでいるのが可愛いなあと思いながら、その上がっている両肩を撫でリラックスさせてやる。
「勢いよくね。ほら、今だよ」
カイはフライ返しを左手に持ち直すと、意を決したようにそれを動かした。
「ん……エイッ」
「うん、上手!」
カイは直ぐに嬉しそうに誉をまた見上げてくる。それが小さな子供のようで愛しく、誉はその頭をクシャクシャに撫でて褒めてやる。
「できた!」
「出来たねえ。シェフ、残りも頼みますよ」
「わかった」
一度成功して自信をつけたカイは落とされたタネをじっと見つめてその時を待っている。
やはりこの子に足りないのは食事への興味と、何よりも成功体験なのだと改めて確信しながら誉はその様子を優しく見守った。
「まだ?」
「まだまだ」
「もう結構……だよ?」
「まだいけるよ」
「けどこれ、もはやパンケーキというよりは生クリームだと思うけど」
「まあ、パンケーキはオマケみたいなものだからね」
「いや普通逆だろ」
カイは生クリームのタワーとなった誉のパンケーキを呆れたように見つめる。
ちなみにカイのものは、適量のヨーグルトクリームが添えられていた。
そして誉はそれに昨日買ったさくらんぼをめいいっぱい乗せてやる。
可愛いパンケーキプレートの完成だ。
カイもその真似をして誉の皿にさくらんぼを盛るが、如何せん生クリームタワーの主張が強すぎて何だか面白い絵面になってしまった。
「美味しそう。ありがとう、カイ」
「そ、そうか?」
「うん、最高に映える。写真撮ろ」
「時々お前の美意識バグるよな」
「ほら、カイも一緒に入って〜。
うんうん、可愛い。好きなもの合盛り丼最高」
「合盛り丼」
「待ち受けにしよ」
「え、やめてよ」
「ダメー」
そしてパンケーキを揃って食べ始め、終盤に差し掛かった頃、誉が最後のさくらんぼを摘みながら、藪から棒に話し始める。
「さくらんぼの茎を口の中で結べる人はキスが上手なんだって」
カイは眉を寄せ、誉が持つさくらんぼを見る。
「何それ、知らねーし」
誉はニコっと笑って、その茎を口に放り込んだ。
そして少しの間を置いて、ぺろっと舌を出す。
「すごい、結べてる」
その上にはひとつ結びにされた茎が乗っていた。
「カイもやってみてよ」
「えっ、やだよ。出来るわけないじゃん」
「やってみなくちゃわからないじゃないか」
「わかるよ、できない」
「まぁまぁ、ほら」
「……」
誉に笑顔で差し出された茎を、顔をしかめながらカイは口に入れる。しばらくモゴモゴと口を動かしていたが、諦めたように舌を出した。
当然それが結ばれているはずもなく、首を横に振る。
それを見た誉は目を細め、急に顔を近づけてくる。
当然のように唇が重なって、舌が入ってきた。
「ンッ、こら……」
カイが誉よ胸を押して抵抗するが、勿論聞き入れてもらえるはずがない。
そのまま細腰に手を回され、更に密着する形で誉はキスを続行する。
いつもとは違い、特に舌の上を重点的に誉が攻める。くすぐったくてたまらず、カイは肩を竦めた。
「はい、出来ました」
離れる間際、名残惜しそうにカイの唇を吸った後に誉はそう言い、ニッコリ笑った。
「?」
カイは舌の上に残された茎を取り出して確認した。確かに綺麗に結ばれている。
「すご……」
「特技なんだよね」
「こんな特技、何に使うんだよ」
「カイと気持ちいいキスをするためかな」
「それが目的だったな」
「他に何の目的があってこんな話題振ると思ってるの。甘くて美味しかった、ごちそうさま」
カイは顔を赤くして、誉を睨む。
「どーせ、前の彼女とかにも同じことしてたんだろ」
「おや、そっちの方向でヤキモチ妬くの」
「別に妬いてねーし」
「ふふ、可愛い。おいで」
「行かねーし」
「じゃあ、俺が行く」
誉はそう言うとスッとカイの後ろに座り、簡単に持ち上げて膝に乗せる。
「こら、子供扱いすんな」
「子供扱いじゃないよ。俺がこうしたいんだ」
「……」
後ろからみてもわかるぷくっと膨れた頬を愛しく思いながら、誉はカイを抱きしめる。
それから、ゆっくりと話し始めた。
「俺さ、今まで色んな人と付き合ったんだ。その数が、他の人より多い事も自覚がある。
けどね、こんなに好きで好きでたまらなくて。
色んなしがらみがあることを理解してはいたんだけど、それでも諦められなくて。どうしても恋人になりたいと思ったのは、君が初めてなんだ。俺の初恋は、君なんだと思う」
「なっ、急に何恥ずかしいことゆってんの」
「君が俺の過去が気になるなら、ちゃんと言っておかないとって思って。
それにね、好きな人にちゃんと思いを伝えるのは、恥ずかしい事じゃないよ」
「……」
カイは少しうつむいて黙り込む。
そして腰から腹に回された誉の手をスリスリと撫でた。何か言おうとしたのか少しだけ肩が上がったが、結局言葉が紡がれることはなかった。その代わりに、カイは誉の手に自分のそれを重ねてぎゅっと力を込めた。
「大好きだよ、カイ」
だから誉はカイの変わりにそう言って、もう一度強く抱きしめた。
朝食を終えた後、片付けを終えた誉がふとカイの方を見ると、上着の首元を伸ばして何やら中を確認している。
「どうしたの?」
手を拭きながらその方に寄ると、カイは胸のあたりを触りながら少し気まずそうに俯いた。
そして彼は別にと言いかけたが、誉に隠しても仕方ないと思い直す。
「なんか、胸が痛いんだよ。
その、シャツに擦れて」
「あぁ……」
誉は直ぐにその原因が思い当たる。
昨日から今朝にかけて胸を刺激しすぎたせいで敏感になっているのだ。
「な、ちょ、さわるな」
「でも確認しないと……ふむふむ」
「触りたいだけだろ」
「それも半分あるかな」
「もー」
上に着せたパーカーはそれなりに生地がしっかりしているが、その上からでもツンと乳首が勃っているのがわかる。ふにふにと潰すといい感じだが、やり過ぎたのかカイが真っ赤になって怒ったような顔をしているので、誉は苦笑いでごまかした。
「確かにちょっと赤くなっているのが気になってはいたんだよね。大丈夫、軟膏を塗っておけばすぐ良くなるよ」
「誉が触りすぎるせいだ」
「おっぱいで感じすぎるカイくんのせいだと思いまーす」
「なっ」
「怒らない、怒らない。
ほら、可愛いお胸出して」
「むう……」
恐る恐る上着を上げると、赤くなった乳首が顔を出す。
乳輪とともにぷっくり膨らんで、美味しそうに成長し始めたカイの乳首はとても可愛らしい。
それに軟膏を塗ってやると、カイがプルリと震えたが見て見ぬふりをしてやった。
今、これ以上下手に触ると、本当に痛めてしまいそうだ。
「ちょっと待って、なにそれ、やだよ」
「だって擦れて痛いんだろう?
それに、薬がシャツについちゃうよ」
「だからって、だからって……」
「仕方ないじゃないか、これしかないんだ」
「けどさ」
「今度普通の買っておくから、今日はこれで我慢して。どうせ誰に見せるわけじゃないし、大丈夫だよ」
「うう……っ」
そして胸に貼られたピンクのハート型の絆創膏を見て、カイは羞恥心に打ち震える。
「可愛いよ」
「そういう問題じゃねえし。
って、写真取るなってば!」
「あまりの可愛さに手が勝手に……」
「大体何でこんなの持ってるんだよ」
「何でだろう。
前の彼女とエッチする時に買ったんだったかなあ。あ、君に出会ってからは君一筋だよ」
「最低!」
「よしよし、怒った顔も可愛いよ〜」
するとその時、突然ガチャリと玄関から鍵とドアが開く音がした。驚いた二人は揃ってその方を向く。
「おや?お取り込み中でしたか?」
そこには、涼しい顔をして立っている満が立っていた。
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